ベルガマスク組曲
Suite Bergamasque


「わが親愛なるフロモン夫人,
・・あなたは来週の火曜日に《ベルガマスク組曲》をお受け取りになるでしょう。
・・私は来週の火曜日に署名しに伺い,あなたに,《ベルガマスク組曲》をお戻しします。」

フロモン夫人への書簡(1905年4月21日)



曲目 :
@ 前奏曲 préludes (moderato - tempo rubato)
A メヌエット menuet (andantino)
B 月の光 clair de lune (andante tres expressif)
C パスピエ passepied (allegretto ma non troppo)

 (全4曲)


概説 :

『2つのアラベスク』に続いて着手されたピアノ作品集。4曲からなる。標題の『ベルガマスク』は,ドビュッシーがローマ大賞を獲得して留学したイタリアのベルガモ地方の名に由来し,第三曲の「月の光」は「感傷的な散歩道(Promenade sentimentale)」から,第四曲「パスピエ」は「パヴァーヌ」から,それぞれのちに改題された*。第1曲のエオリア旋法,第2曲のドリア旋法に代表される旋法性の高さ,豊かなリズムと和音の色彩感,グリッサンド,7和音の効果的な使用など,書法の面で格段の進展が認められる。着手から出版まで15年を要し,その間に数度の改訂が加えられた。

改訂の経過は不明だが,現在最も良く演奏されるのは,フロモン社から出版される際に改訂された1905年版である**。Howat (1995) によれば,この改訂版が刊行される直前の1903年から4年に掛けて,ドビュッシーは「スケッチ帖より」,「マスク」,「喜びの島」の3曲(のち「スケッチ帖」を外して「マスク」と「喜びの島」の2曲)からなる『ベルガマスク組曲』の続編も構想していた。この作品の位置づけや性格を知る上では,こうした経緯も心に留めておく必要があろう。

全体は4曲からなり,第1曲,第2曲,第4曲の3曲はこの後に続く『ピアノのために』や,これ以前の『2つのアラベスク』同様,17・18世紀の古典舞曲や宮廷音楽,イタリア歌劇を題材とし,形式面でも幾分踏襲がなされている。月の夜の甘美な静寂を表現したヴェルレーヌの原詩 《...静かに注がれたその悲しく美しい光は,木々の鳥たち,そして恍惚のうちにすすり泣く泉へ夢をもたらす... (... Au calme clair de lune triste et beau, qui fait rêver les oiseaux dans les aubres, et sangloter d'extase les jets d'eau... )》 を音に変えた第3曲「月の光」はあまりにも有名で,しばしば独立して演奏され,管弦楽や器楽などへの編曲も数多い。





1893年頃のドビュッシー



注 記

* 第三曲の標題「感傷的な散歩道」と「月の光」は,いずれもヴェルレーヌの同名の詩からとられている。Robertsはこの改題に,初期の書法から距離を置こうとするドビュッシーの明確な意志が見られると指摘している。

** 『ロドリーグとシメーヌ』の制作でカチュール・マンデスと知遇を得,シューダンス社との関わりができたドビュッシーは,1891年2月11日には『ベルガマスク組曲』の第一稿を200フランで手放している。これとほぼ時期を同じくして,『マズルカ』と『夢』が100フランで,『タランテラ』,『バラード』,『ワルツ』,『スコットランド行進曲』が200フランで,それぞれシューダンス社に売却されている。またRobertsは,改訂は実質上,1905年の出版直前としている。


Reference
平島三郎編著(1993)『ドビュッシー』音楽之友社,72頁。
F. ルシュール著・笠羽映子訳「伝記 クロード・ドビュッシー」. {Lesure, F. 2003. Claude Debussy, Biographie critique. Paris, Fayard.}
F. ルシュール著・笠羽映子訳「ドビュッシー書簡集」. {Lesure, F. 1993. Claude Debussy, correspondance 1884-1918, Paris, Hermann.}
Ashbrook, W. and Cobb, M.G. 1990. A portrait of Claude Debussy. Oxford: Clarendon Press. {Dietschy, M. 1962. La passion de Claude Debussy. Neuchâtel: Baconnière}
Barraque, J. 1962/1994. Debussy. Editions du Seuil.
Howat, R. 1995. En route for L'isle joyeuse: the restoration of a triptych. Cahiers Debussy 19: 37-52.
Lockspeiser, E. 1972. Debussy. New York: McGraw-Hill.
Roberts, P. 1996. Images: the piano music of Claude Debussy. Portland, Amadeus Press.





作曲・出版年 作曲年: 1890年(〜1891年2月11日に第一稿),1905年に改訂版が完成
出版: 1905年(フロモン社)
編成 ■ピアノ独奏
■編曲:「月の光」はA.Capletにより管弦楽配置。G.Cloëzにより「前奏曲」,「メヌエット」,「パスピエ」が管弦楽配置。
演奏時間 約16分(第1曲約4分,第2曲約4分,第3曲約5分,第4曲3分)
初演 初演者不詳
推薦盤

★★★★☆
"Études / Berceuse Héroïque / Morceau de Concours / Suite Bergamasque" (Saga : EC 3383-2)
Livía Rév (piano)
ハンガリーが生んだ女流豪腕ピアニスト,リヴィア・レーヴは,ドビュッシー録音を二度に渡って行っており,日本ではハイペリオンに録音した二回目の録音のほうが知られているでしょう。あれを聴いて「大したことねえ」と舐めてしまった方が多いのではと小生は危惧します。彼女の真価はこの一度目のドビュッシー・サイクルで。サーガから1980年に出たドビュッシー集からの分売ものです。彼女はいわゆる鬼才タイプで,演奏は相当に猛々しいので,瀟洒な『ベルガマスク組曲』なんて合うのかと思ってしまいますが,聴いてみると意外にもデリケートに弾き込まれた秀演。遅めのテンポをとり,要所要所でペダルを控えて音の粒立ちがあげる効果を最大限に活かした,慎みと気品のある演奏といえましょう。下記のマルティノ・ティリモ盤のように突出したこの1曲はありませんが,総合点で最も安定している『ベルガマスク組曲』は恐らく,この盤あたりになるのではないでしょうか。日本では全く無視されている彼女ですが,彼女のサーガ盤はどれも非常にハイレベルです。これをお読みになった心ある業界の方。ぜひ国内盤で出してくだされ。こういう盤が浮かばれぬようでは,世の中お先真っ暗です。

★★★★☆
"Piano Works vol. 3 :
Suite Bergamasque / Images Oubliées: lent - vif / Rêverie / Deux Arabesques / Danse / Pour le Piano / Ballade / Nocturne / Danse Bohémienne / Valse Romantique" (IMP: MCD 24)

Martino Tirimo (p)

同じドビュッシー弾きでも,サンソン・フランソワが誰でも知っているピアニストなのに対し,ギリシャ出身で王立音楽大学で学んだ本盤の主人公ティリモは,日本では全く知られていません。彼はレーヴとは正反対で,穏健かつ実直,朴訥で生真面目なスタイルが持ち味。ドビュッシーなどにはおよそ向かなそうですが,この第三集は素晴らしいです。この『ベルガマスク組曲』最大の美点は,有名な『月の光』の出来が最高に素晴らしいことでしょう。古今東西数多の『月の光』あれど,これほど丁寧に丹精込めて弾き込まれ,ガラス細工のようにデリケートで精妙な光沢を放つ『月の光』は,後にも先にもありません。本盤にはもう一つ『アラベスク一番』の極上名演が入っています。こういう無垢な叙情をもつ曲を弾かせて,彼の右に出る人は居ますまい。これほどの傑作がまるで無視。日本の批評家と来たらまるでお話になりません。

★★★★
"Préludes / Suite Bergamasque / Images 1, 2 / Jardins sous la Pluie / 12 Études / Pour le Piano" (Denon : COCQ-83040-42)
Anatoly Vedernikov (piano)
旧ソ連の隠れた巨匠,アナトリー・ヴェデルニコフのドビュッシー録音のCD化は,冷戦終結の副産物ともいうべきもの。驚異の技量を噂されながら,旧ソ連時代は海外での演奏活動を厳しく制限され,その演奏は長年ベールに包まれたままでした。しかし幸運にも,彼は1950年代終わりから,30年以上に渡って少しずつドビュッシーの録音を遺していたのです。1995年にこの盤が日の目を見たときの衝撃は,同年に忽ちレコード・アカデミー大賞を獲得したことからも分かります。元々バッハを敬愛した彼の演奏は,同じスラブ系のパラスキベスコ同様に武骨で豪胆。6分57秒と,史上最鈍を記録するほど徹底して遅いお馴染み「月の光」については,少なからず意見が分かれる余地が残るでしょうけれど,それ以外の3曲は流石。訥々とした中に,抜群の運指技巧が見え隠れする秀演です。

★★★★
"Pour le Piano / Estampes / Suite Bergamasque / Nocturne / Six Epigraphes Antiques" (Calliope : CAL 9833)
Théodore Paraskivesco (piano) Jacques Rouvier (piano)*
1970年代の後半に登場,一般に大きな話題を得ることこそないものの,識者から識者へ脈々と聴き継がれ,知る人ぞ知るドビュッシーの隠れ名演奏家の1人となっている,テオドール・パラスキベスコの全集からの分売です。洒脱さは乏しいものの重厚さと抑揚に溢れ,ペダルを避けてスタッカートを利かせ,ベーゼンドルファーの重々しい音色を利した木目調の質感に富むピアニズム。全体に遅めのテンポで一見地味ですが,真摯に推敲された曲解釈と演奏には,伝統工芸の職人が精魂込めた,手製の陶磁器のような深みがあります。『版画』や『ベルガマスク組曲』は本盤の白眉をなすなかなかの秀演。ヴェデルニコフと良く似た構築的な演奏で,しかもヴェデルニコフ盤より「月の光」の解釈は中庸で時間も短い(5:38)。厚みのある打鍵が醸し出す荘厳な響きが,スラヴ系ならではの魅力となって迫ります。ちなみに彼の残したドビュッシー,新世紀に入ってめでたく4枚組仕様で再発されました。万歳三唱。

★★★★
"Children's Corner / Suite Bergamasque / Six Épigraphes Antiques / Pour le Piano" (Harmonia Mundi : HMC 901504)
Georges Pludermacher (piano)
スラヴ系のゴツゴツした演奏が続きましたのであと一枚。こちらは,国立パリ高等音楽院のピアノ科で教鞭を執るジョルジュ・プリューデルマシェルの演奏です。彼は1944年生まれで,ヴィアナ・ダ・モッタ,リーズの両コンクールで入賞,さらにゲザ・アンダ国際コンクールでも入賞するなど豊かな経歴を持つ人物。教育畑が主な活動範囲の人らしく技巧を売りにするタイプではなく,丸みを帯びたタッチの美しさ,端正で趣味の良い曲解釈と,小粒ながら丁寧ながら誠実さの滲む運指技巧が持ち味です。この盤は1990年代半ば,彼が50才にして録音した2枚のドビュッシー録音の片方。記憶が確かならルモンド誌で満点(Choc)を取りました。『映像』ほかを収録した残る一枚は,教育者らしく今ひとつピントのぼけた演奏でしたが,こちらは彼自身の持ち味とも相性が良かったのか,一転かなりの秀作に。『ベルガマスク組曲』も,「月の光」などでもう一息詰めが甘いところは見受けられるものの,フランスらしい流麗さと端正さが程良く同居し,彼の持ち味が良く出た快演です。

★★★★
"12 études / D'un Cahier d'esquisses / La Plus que Lente / Suite Bergamasque / Danse / Valse Romantique / Hommage à Haydn / Rêverie / Nocturne en ré bémol majeur / Ballade Slave / Masques / Danse Bohémienne / Le Petit Nègre / Berceuse Héroïque / En Blanc et Noir / Petite Suite / Lindaraja / Six Épigraphes Antiques / Marche Écossaise" (Philips : 438 721-2)
Werner Haas (piano)
オーストリアのウェルナー・ハースは,二枚のドビュッシー録音とラヴェルの録音で,当時一躍若手のホープとして騒がれた人物。その後あっけなく世を去ってしまったため,現在では随分と割を食っているのではないかと思います。彼のピアノは「ウィーン三羽ガラス」といわれたグルダやギレリスらと同様,明晰で技巧闊達。少々表情の深みに乏しいところがあるものの,めざましい運指とフレッシュな感覚が冴えわたるドビュッシー。余計な弄り回しをせず,潔く清々しいその演奏美学は,ときに少々飛ばしすぎの情感不足にも陥りますが,決して大崩れしないのが強みです。第二集に収録された『ベルガマスク』もその典型。すっきり目の表情と端正なタッチで,どの曲を取っても実にバランスが好い。「前奏曲」を筆頭に前半2曲が少しセカセカ乗りなのと,他の演目に比してやや録音が悪いのを気にしなければ,最もお薦めしやすい演奏の一つじゃないでしょうか。
 (評点は『ベルガマスク組曲』のみに対するものです。)

(2001. 8. 28 / 2006. 3. 12改訂)








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