子供の領分
Children's Corner - petite suite pour piano seul


「以下につづく曲への父親の優しい言いわけをそえて,大事なかわいいシュシュへ」

ドビュッシーが曲集の端書きに添えた献辞


曲目 :
@ グラドゥス・アド・パルナッスム博士 doctor Gradus ad Parnassum (modérément animé)
A 象の子守歌 jimbo's lullaby (animé)
B お人形のセレナーデ serenade of the doll (allegretto ma non troppo)
C 雪は踊る the snow is dancing (modérément animé)
D 小さな羊飼い the little shepherd (très modéré)
E ゴリヴォーグのケークウォーク golliwogg's cake-walk (allegro giusto)

(全6曲)
I. クレメンティの練習曲集の標題をもじったタイトルは,退屈しながら運指の練習をしている子どもの様子をコミカルに表しているとされる。
II. シュウシュウが愛用していた,ベルベットの象をモチーフに作曲か。実際はJumboであり,ドビュッシーが誤って表記したもの。
III. アルフレッド・コルトーは,「これはserenade for the dollが正しい」と指摘。仏名表記は(sérénade à la poupée)。ギター伴奏を模したスペイン風のセレナーデ。
IV. シュウシュウが生まれたのは雪が降る日であったことから,Lockspeiser(1972)は,彼女が生まれた病院の窓から雪の落ちる風景を見て,子供心に不安を覚えた様子を描写していると指摘。
V. これもシュウシュウが愛用していた,羊飼いを描いたボール紙製の玩具に由来したとされる。
VI. 19世紀末アメリカに興り,ヨーロッパで流行した黒人音楽起源の舞曲“ケーク・ウォーク”のリズムをもとに作曲。ヨーロッパ音楽に,初めてジャズの要素を採り入れた作品。
概説 :
妻リリー・テクシエの自殺騒動の末,ドビュッシーは1905年に離婚し,銀行家バルダックの妻エマと駆け落ち同然で再婚する。そして1905年10月30日,ドビュッシーは43歳にして,2度目の妻エマとの間に,初めての一人娘クロード=エマ(愛称シュウシュウ・・・「キャベツちゃん」の意)を授かった。彼の喜びようは大変なもので,それは,2人の両親からそれぞれの名前をいただいた「クロード=エマ」の名からも伺える。程なくドビュッシーは,シュウシュウ(右図)のために,子供らしい愛らしさをたたえた小曲集を構想した。『子供の領分』は,こうして作曲されたピアノ独奏のための組曲で,6曲からなる。まず『お人形へのセレナード』が作曲され,1906年にデュラン社(?)から刊行。次いで全曲の出版が1908年に行われている。また,管弦楽配置版はアンドレ・カプレの手によってなされた*

子どもを念頭に置いた作品として有名なものに,ラヴェルの『マ・メール・ロワ』があるが,ドビュッシーのものはラヴェルのように,子どもが演奏することを意図して書かれてはいない。曲集は英名表記になっているが,この理由については,イギリス趣味であったエマ・バルダック夫人が,娘の部屋にイギリスの版画を飾っていたことや,家政婦にイギリス人を雇っていたことに由来するという見方が有力である。なお,ドビ ュッシーの血を受け継いだクロード=エマも,作曲者の死(1918年)の一年後,ジフテリアのため後を追うようにして他界。ドビュッシーの血筋は永遠に絶えた。『お人形のセレナード』を除く自筆譜はパリ国立図書館蔵。



きゃっわゆ〜ぅ〜いっ。゚(゚´▽`゚)゚。
シュウシュウとお人形
どことなくキモイ・・(-_-;)
初版譜の装丁

注 記

* ドビュッシーはカプレの管弦楽配置をあまり気に入ってはいなかったらしく,「思い上がっていると思われると大変に申し訳ないのですが,管弦楽版はあまりに外面的な飾り付けが多すぎる気がしています。この新しい服を着せられて,【子どもの領分】はちゃんとピアノ版のように振る舞えるのか,今ひとつ確信が持てません。」(カプレ宛て書簡)と述べている。



Reference
Boucourechliev, A., Collins, D., Février, J., Goléa, A., Halbreich, H., Jullian, P., Le Roux, M., Lesure, F. Samuel, C. and Schneider, M. 1972. Collection Génies et Réalités - Debussy. Librarie Hachette, 236p (plus works list).
Ashbrook, W. and Cobb, M.G. 1990. A portrait of Claude Debussy. Oxford: Clarendon Press. {Dietschy, M. 1962. La passion de Claude Debussy. Neuchâtel: Baconnière}
Lockspeiser, E. 1972. Debussy. New York: McGraw-Hill.



作曲・出版年 作曲年: 1906年〜1908年7月。
出版: 1906年,デュラン社?(『お人形のセレナード(sérénade à la poupée)』のみ)全曲版は1908年7月,デュラン社から。
編成 ピアノ独奏,管弦楽配置はアンドレ・カプレ。
演奏時間 約15分(@2分,A3分,B2分,C3分,D2分,E3分)
初演 1908年12月18日,ハロルド・バウアー(ピアノ)。於パリ,『音楽の集い(cercle musical)』。
推薦盤

★★★★☆
"Children's Corner / Images I, II / from Préludes book I" (Aura : AUR 225-2)
Arturo Benedetti Michelangeli (piano)
20世紀を代表する名手ミケランジェリは,1968年以降イタリアへ移住し,後年は彼の地を拠点に活動。多くの録音を残します。Auraから復刻された本CDもその一つ。有名なグラモフォン録音と同じ選曲ながら音源は別もので,『子どもの領分』は1968年,『映像』は1987年,『前奏曲集』は1977年に吹き込まれたものです。彼が世を去ったのは1995年でしたが,最後のリサイタルはその2年前の5月で,オール・ドビュッシー・プログラムだったとか。寡作家で知られる彼がドビュッシーを最初に採りあげたのは1937年のこと。一躍有名を馳せたジェネバ国際の優勝よりもさらに2年前のことでした。ここに収録された3作品は,彼のライフワークでもあったわけです。イタリアの僻地?でのライヴから吹き込まれたものだけに,集音は決して誉められたものではなく,特にペダリングがぼんやりと聞こえてしまうのは残念(ペダリングの精妙さが要求されるCなどに顕著)ですが,演奏はといえばとても後年のものとは思えないほどレベルが高い。特に,有名なグラモフォン録音とほぼ同時期の『子どもの領分』は本家盤よりもアニマと遊び心に富んだ素晴らしい演奏で,数多ある同曲の演奏中でも最上の部に属する出来ではないかと思います(返す返すも客席の咳払いが惜しい!)。最晩年の『映像』も,速いバッセージで僅かに運指のロレツが回らなかったり,リズムの輪郭が崩れたりする瞬間がちらつくものの,ゲルマン的な格調と襟の整った鞭のようなルバートが高いレベルで調和した秀演。こんなところにこんな凄い音源が隠れていたかと驚くばかり。間違いなく買って損はありません。

★★★★
"Images, 1'ère série / Images, 2'ème série / Children's Corner" (Deutsche Grammophon : 415 372-2)
Arturo Benedetti Michelangeli (piano)
ミケランジェリは,名だたる完璧主義者で,自分の気に入った録音でない限り発売をさせないような超神経質なピアニストだったとか。ほとんどの録音が一発録りで,少々ミスがあろうとも演奏の生気を何より重んじた天才肌のフランソワとは,まさしく正反対です。細かい運指,ペダル捌き,テンポ取り,ルバートの一つ一つまで緻密に推敲を重ね,100%を狙ったその演奏からは,霊気はまるで感じられませんが,鬼気は存分に伝わってきます。彼の『子供の領分』は,極めて丁寧に推敲された演奏。各曲のベクトルの開きが大きいためか,全曲を通して高水準を維持する演奏が殆どない中にあって,終始一貫して高水準を維持した稀少な演奏の一つです。ウィーン訛りの硬めの表情をたたえた演奏で,人によっては違和感を感じるでしょうし,録音のせいか『雪は踊る』などでは自慢の明瞭なアルペジオが少々潰れ気味で,下記パラスキベスコ盤の『雪は踊る』に比べ少し見劣りしてしまうのは残念ですが,その分良いのが『ケーク・ウォーク』。代表的名演の大半がこの曲によって,ぎこちないルバートと堅い運指により自滅してしまうのに比して,極めて適当。余裕溢れるリズムと,的確なアクセント 配置とで,極めて自然にケーク・ウォークのリズムを再現前しています。積極的な魅力や美点で聴くというよりは消去法に堪える演奏で,分かりやすい表現で言えば「勝つ横綱」タイプではなく「負けない横綱」タイプの典型。曲集中のどの曲を取っても,大崩れしない丁寧な読み込みで,最も広くお薦めできる演奏です。

★★★★
"Images 1 ere, 2ème livres / Berseuse Héloïque / Children's Corner (Debussy) : Ma Mère l'oye / Habanera (Ravel*)" (Caliope : CAL 9832)
Théodore Paraskivesco (piano) Jacques Rouvier (piano)*
現在は教育者として,パリで悠々自適の日々を送っておられるパラスキベスコ氏は,今やまるっきり録音が出なくなってしまいました。彼のドビュッシー録音である本シリーズも,『前奏曲集』と『練習曲集』はもはや入手至難。内容が大変に好いピアニストだけに,勿体ない話だと思います。小生も漸く,本CDまでは入手できましたが,某ベロフや某ギーゼキングがいつでもどこかから出ていて,安易に掴めるところにあるのに比して,余りに不幸な現状だと思います。彼のドビュッシーは教育者らしく,徹底的な譜面の読み込みによって支えられた,極めて丁寧な解釈と演奏が持ち味。ミケランジェリにはない,積極的な美点の大きさが魅力です。『ケーク・ウォーク』のぎこちないリズムには疑問符を拭えませんが,特に光るのが『雪は踊る』の,極めて明瞭でいて柔らかさを失わないペダリングと打鍵。丁寧に読み込まれ,要を得たルバートも見事。極めてデリケートでありながら,硬質な説得力をたたえた秀演となっています。ところで,『子どもの領分』では,この盤以下リヴィア・レーヴの旧盤,ヴェルナー・ハース盤,ピーター・フランクル盤,ニキタ・マガロフ盤なども水準の高い内容ですが ,それぞれ一長一短で,どれを買っても満足度はこの盤と同程度。本当のところこの曲は,愛らしい仮面を被っていながら本当に解釈の難しい曲だと思います。

★★★★
Claude Debussy "Préludes libre 2 / Elégie / Children's Corner" (Pianovox : PIA 538-2)
Alice Ader (piano)
寡作家で録音は少ないながら,僅かに出した3枚のドビュッシー集がいずれも大変優れた出来映えで,強烈なインパクトを残したアリス・アデル女史。日本でこそ無名ながら,海外では近現代のスペシャリストとして高い評価を受けているようで,当館絡みではメシアンのピアノ作品集や,ルクーの器楽作品集などで名前を見ることができます。既に初老の境に至りつつあるご様子ですが,技巧はなかなかに確か。異様にストロークの大きいアゴーギクで揺さぶりを掛けておいて,スパッと無音の時間とを使って絶妙の間合いを取り,鋭い打鍵を駆使しつつ,立体的で振幅の大きい音場を構築するスタイルが持ち味です。演奏のタイプはリヴィア・レヴやゾルタン・コチシュあたりに近いでしょうか。人によっては表現過多に思えるかも知れません。かなり異色の演奏で好みは分かれますが,斬新な感覚に溢れた個性的な快演として,2枚目以降としてなら一聴の価値があります。

★★★☆
"L'oeuvre pour Piano" (Erato : 4509-94827-2)
Monique Haas (piano)*
フランスの名女流モニク・アースは,晩年になってラヴェルとドビュッシーのピアノ曲集をエラートに遺していってくれました。特にラヴェルは仏ディスク大賞を取ったほど高レベルの演奏です。彼女のドビュッシーは,フランス人とは思えないほどくっきりとした運指と,中様な作品解釈が魅力。『子どもの領分』はそんな彼女のいいところが十全に出た演奏で,全曲に大きな解釈の破綻なく,くっきりと,的確なテンポ取りと強めのアクセント,効果的なペダル使いで巧さを発揮した好演奏。全体に少し情感不足に感じられるものの,大外れのしない演奏としてお薦めできます。しかし,この盤には致命的な難点が。ラヴェルもドビュッシーも,録音が悪いのです。ノイズがあるわけでも,モノラルなわけでもないのですが,ピアノの音が汚い!中域が異様に膨らんだ中年太りのオヤジのような集音で,おまけに音が割れている。せっかくの演奏が,この醜悪な録音で台無し。天は二物を与えず,ではありませんが,この難点は覚悟してください。これさえ我慢すれば,貴兄のライブラリに素敵な選択肢が加わることでしょう。
 (評点は『子供の領分』のみに対するものです。)

(2001. 10. 13 / amendment: 2005. 3. 15 USW)








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