版画
Estampes

「ピアノ曲を3曲書きました。曲名が気に入っています。
<塔>,<グラナダの夕暮れ>,<雨の庭>というのです。
自前で旅行をする術がない以上は,想像を働かせて埋め合わせるしかありません」

アンドレ・メサージェ宛て書簡(1903年9月3日)
曲目 :
@ pagodes
A グラナダの夕暮れ la soirée dans Grenade
B 雨の庭 jardins sous la pluie
 (全3曲)

I.
導入部に流れる嬰ト音,嬰ヘ音のブロック・コードの反復は,古典的な和声法とは相容れないもの。パリ万博(1899年)で作者が聴いたガムランに起源があるとの見解も。
II. ハバネラの動きで。スペイン民族音楽の書法を直接には全く用いていないにも拘わらず,「数ページが濃厚に示している想像を喚起する力は,この音楽が外国人によって,それもほとんどその天才の空想の導くままに書かれたのだと言うことを考えるとき,奇蹟にも等しく思われる」と,ファリャを感嘆させた。
III. 主題は「ねんねよ坊や(dodo l'enfant do)」,「もう森へは行かない(nous n'irons plus au bois)」という,2つのフランス童謡からとられている。後者は『忘れられた映像』にも用いられており,同作が当初モチーフになったとの説も。


概説 :
各曲の概説は上述。五音階風に処方された旋法表現による調性の拡張(「塔」)や,異国の音楽や民謡に題材を求めたに象徴されるように,ドビュッシーのいわゆる印象主義的な語法が確立した作品。初演時には,『雨の庭』がアンコールされるほど好評を博したという。この作品が出来上がる直前に,公式にドビュッシーの肖像画を描いたJ-É. ブランシュ(Jean-Émile Blanche:画家)へ献呈。ただし,第2曲は一足先に友人ピエール・ルイスへ献呈された。自筆譜は国立パリ図書館に所蔵。

「雨の庭」を書いた
クロワジ(Croisy)ホテルの庭

ドビュッシーの肖像
(ブランシュ画:1902年)
Reference
Ashbrook, W. and Cobb, M.G. 1990. A portrait of Claude Debussy. Oxford: Clarendon Press. {Dietschy, M. 1962. La passion de Claude Debussy. Neuchâtel: Baconnière}
Barraqué, J. 1994 (1962). Debussy. Éditions du Seuil. 250p plus tables.
Boucourechliev, A., Collins, D., Février, J., Goléa, A., Halbreich, H., Jullian, P., Le Roux, M., Lesure, F. Samuel, C. and Schneider, M. 1972. Collection Génies et Réalités - Debussy. Librarie Hachette, 236p (plus works list).
Lockspeiser, E. 1972. Debussy. New York: McGraw-Hill.



作曲・出版年 作曲: 1903年7月に完成,
出版: 1903年10月(デュラン社)。
編成 ピアノ独奏
演奏時間 約15分(5分,6分,4分)
初演 1904年 1月 9日,リカルド・ヴィーニェス(ピアノ),国民音楽協会演奏会(於サル・エラール)。
推薦盤

★★★★★
"Children's Corner / Estampes / Suite Bergamasque / Pour le Piano" (Seraphim : TOCE-7177)
Samson François (piano)
第2次大戦後のフランス・ピアノ界に燦然と輝く天才肌の名手サンソン・フランソワは最晩年に,その死により一部未完に終わったとは申せ素晴らしい内容のラヴェルとドビュッシーのピアノ作品集を遺していってくれました。彼は,譜面を読んで理解しそれを再現するというよりは,譜面をもとに自由なイメージを描き,空想の赴くまま奔放に弾く,というタイプの典型。録音はほとんどが一発録りだったそうです。それだけに,出来不出来には波があり,本ドビュッシー集などは最晩年であることも手伝って,ムラッ気も演奏の粗さも最高潮。しかし,フランソワの感性と作品の含蓄とが霊的な一致を果たしたとき,得も言われぬ名演奏が生まれてきます。この『版画』は『映像』と並んで,フランソワ芸術の極致。即興と見まがうほど自由で奔放な演奏は,作品とまさに一体となって,溢れるばかりの生命力を振りまいています。

★★★★
"Images 1er, 2e Livre / Le Martyre de Saint Sébastien / Masques / Estampes / Hommage à Haydn / Berceuse Héroïque" (Erato : 3984 26754 2)
Alice Ader (piano)
ドビュッシー弾きとしては,久しぶりに大当たりの名手です。現代音楽肌らしく,リズム面の解釈が非常に独創的。このあたりの持ち味は,現代音楽家のブレーズととても良く似ており,彼の振ったドビュッシーに感じる,あの鉄のようにひんやりとしていながら滑らかで艶めかしい響きが,そのままアデルにも当てはまる。ブレーズ同様,オーソドックスな演奏からはかなり逸脱していますので,初めて聴く方よりは,既に幾つかこれらの曲を聴いていて,『映像』や『版画』の“メタ表象”が脳裏に形成されているという方のほうに,極めて深い洞察を与えるのではないかと思います。1999年録音の前奏曲集に対して,こちらは8年前の録音なためか,運指の粒立ちも素晴らしく良い。細かいことを言うと,『塔』などはテンポ取りやペダリングに少し粗忽なところもちらつきますが,そんな難点すら完璧に超越するのがリズミカルな「雨の庭」。この人の美点であるリズム面でのセンスの良さが最大限に生きた立体的な音場と,丸みを帯びた圧倒的な粒立ちは,ただただ圧巻。この1曲に関しては,紛れもなく同曲演奏史上,至高の名演であると思います。

★★★★
"Estampes / Pour le Piano / Images 1're série / Images 2e série" (Lyrinx : LYR 1148)
Jean-Claude Pennetier (piano)
ロン(第2位)ジェネバ(優勝),モントリオール国際(優勝)など輝かしい経歴を誇りながら,あまり知られていないペヌティエのドビュッシー。いかつい御尊顔からは想像できぬほどふくよかで繊細。テクスチュアに富み,訥々と語り掛けるピアノ。こういう種類の演奏は最近少ないのですが,テオドール・パラスキベスコに通じる職人芸的なピアニズムと申せましょう。そしてまた,そうした個性に実に好く合った曲を選んできたなという印象です。地味なようでいて,ずっしりと重量感に富んだ巧みなペダル捌き,陰影感に富んだ心象風景をあらわす巧みなアルペジオの音圧の掛け分けとリズム配置,丸みを帯びた表情の崩れないタッチの美しさ,含蓄豊かなルバートと個性溢れ,ドビュッシーのピアノ盤で久々に説得力ある演奏を聴かされた気がいたしました。既にお年なので若干細かい技巧にはアラがありますし,少し作りすぎるところもないとはいえませんけれど,その柔らかい包容力において傑出した演奏です。

★★★★
"Complete Piano Music of Debussy and Ravel"(Brilliant Classics : 6126)
Gordon Fergus-Thompson (piano : Debussy) Paul Crossley (piano : Ravel)
ファーガス=トンプソンは,最近でこそ全く名前を聞かなくなりましたが,1980年代の終わりにASVへ録音したドビュッシー全集で,一時は結構騒がれた新鋭でした。最近になって,ご覧の名盤廉価発掘業者ブリリアント・クラシックスに版権が渡ったようで,ポール・クロスリーのラヴェル(薄味の詰まらない演奏です)との7巻組に化け,異様な安価で再発されています。当時コンクール受賞直後で意気揚々だったのでしょう。全体に針のように尖った打鍵で,鋭角的な切れ味に富む若々しい演奏。上述のどの盤よりもフレッシュな反面,世の不条理を知り尽くした中高年の侘び寂びや憂いなどの情感は介しようもない。表情もそれなりに付けているものの,現代のピアノ弾きの多くがそうであるように,この人のそれもまだまだ青臭く血肉になっていません。しかし,これだけまとめて録音すれば,中には意外に水を得た演奏もあるもので,『版画』はその最右翼。感情の機微には疎くとも,リズム面のフレッシュな解釈でそれを補い,アルゲリッチ盤にも似た残響多めの音場の中を,涼しげな青年の風貌を思わせるすっきり爽やかな感性で駆け抜けていきます。この人の選集では,他に『2つのアラベスク』なども(至高ではないですけれど)好演奏です。値段を考えれば充分バーゲン品の一つでしょう。

★★★★
"Pour le Piano / Estampes / Suite Bergamasque / Nocturne / Six Epigraphes Antiques"(Calliope : CAL 9833)
Théodore Paraskivesco (piano) Jacques Rouvier (piano)*
テオドール・パラスキベスコはパリ高等音楽院の教授で,本職は教育者。学究肌の寡欲な気質からか録音も僅少で,そのため過小評価に拍車が掛かっているのは残念です。先頃4枚組の選集が再発されましたが,これはその中の1枚です。彼の美点を一言でいうと「清明な感情表現」ということになるでしょう。ナルシスト的な洒落ッ気は乏しいものの,ピアノに一般的に汎用されるスタンウェイでなく敢えてベーゼンドルファーを使う,その非ラテン的な(武骨で硬派な)演奏哲学と,寡欲ながら実直な洞察に裏打ちされた虚心坦懐然とした感情表現には,ちまたの凡弱な弾き手に満ちる,俗っぽくけばけばしい感情の吐露からは遠く距離を置いた,ただただ「清明な」美意識があります。『版画』は,そんな彼の真摯な演奏態度が色濃く出た秀演。拍節の細部にまで徹底して気を配っている分テンポは遅めながら,真摯な推敲の跡がそれを上回る濃度でどっちりと詰まっていて飽きさせません。伝統工芸の職人が精魂込めた,手製の陶磁器のような深みがあります。今風のこざっぱりした演奏に慣れている人には違和感があるでしょうが,山師的なところのない彼の演奏,ピアノを弾く方には得るところが多いのでは。
(評点は『版画』のみのものです)
(2002. 12. 16 / Rev.(in progress) 2005. 3. 15 USW)








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