12の練習曲
Douze études pour le Piano


「われらが古の巨匠たち −私は,『私たち』しばらしいクラヴシニストたちの名をあげたい− は,けっして指使いを指定しなかった。おそらく,同時代の人たちの巧みさを信頼してのことだろう。現代の名人たちのそれを疑うのは,礼を失したことではないか。要するにこうだ。指使いのないのが,ひとつのすてきな練習問題になり,作曲家の指使いにそっぽをむかせる反抗心をおさえ,そしてつぎの不滅のことばの真実を立証する。《自分でするのが一番いい》。自分の指使いをさがそう!」

クロード・ドビュッシー自身が『練習曲集』に寄せた序文。
(出典:笹羽他(1993)『ドビュッシー』音楽之友社,137頁。)



曲目 :
第1曲 五本の指のために pour les cinq doigts
第2曲 三度のために pour les tièrces
第3曲 四度のために pour les quartes
第4曲 六度のために pour les sixtes
第5曲 オクターヴのために pour les octaves
第6曲 八本の指のために pour les huit doigts
第7曲 半音階のために pour les degrés chromatiques
第8曲 装飾音のために pour les agréments
第9曲 反復音のために pour les notes répétées
第10曲 対位法の響きのために pour les sonorités opposées
第11曲 アルペジオのために pour les arpeges
第12曲 和音のために pour les accords

 (全12曲)



概説 : 
1915年,ドビュッシー最晩年の作。第一次世界大戦を迎え,愛国的な理由から,フランス版のピアノ標準楽譜の出版を企画していたデュラン社は,ショパンの練習曲集の校訂をドビュッシーに依頼した。この当時ドビュッシーは,のちに彼の命を奪うことになる直腸癌に苛まれ,創作活動は停滞していた。しかし,この仕事が契機となり,彼は再び創作意欲を鼓舞される。程なく彼はディエップ近郊のプルーヴィルに移り,同年夏,『白と黒で』,3つのソナタ,そして『練習曲』を次々と書き上げた。「和声の花たちの下に苛酷な技巧をつつみ隠している」(1915年8月12日付書簡)難曲であり,作曲者自身も1917年にフォーレへと宛てた書簡中で「私はもはや【練習曲集】を,自ら人前で演奏する冒険すらできないほどにピアノを弾けなくなってしまいました」と述べているほどであるが,出版に際しショパンとクープランのどちらに献呈するか迷った挙げ句,ショパンに献呈したことからも推察されるとおり,技巧の修得や名人芸の発揮を目的としたものではなかったといえよう(ドビュッシー自身も「技巧のこちら側でこれらの《練習曲》は,ただおそるべき手をもつだけで音楽にはいりこんではならないことを,よりよく理解するよう,ピアニストたちを効果的に導くでしょう(1915年9月27日付)」と述べている)。自筆譜はパリ国立図書館蔵。




作曲・出版年 作曲年: 1915年8月〜9月。
出版: 1916年。
編成 ピアノ独奏
演奏時間 約44分(@3分: A3分: B5分: C4分: D3分: E2分: F2分: G5分: H3分: I5分: J5分: K4分)
初演 1916年12月14日?:ワルター・ルンメル(ピアノ)。1917年11月10日(第1曲,第2曲):マルグリット・ロン(ピアノ)。
推薦盤

★★★★★
"Complete Piano Music vol. 2 :
12 études / D'un Cahier d'esquisses / La Plus que Lente / Suite Bergamasque / Danse / Valse Romantique / Hommage à Haydn / Rêverie / Nocturne en ré bémol majeur / Ballade Slave / Masques / Danse Bohémienne / Le Petit Nègre / Berceuse Héroïque / En Blanc et Noir / Petite Suite / Lindaraja / Six Épigraphes Antiques / Marche Écossaise"
(Philips : 438 721-2)

Werner Haas (piano)
オーストリアのウェルナー・ハースは,本ドビュッシー全曲録音とラヴェルの全曲録音で一躍次代を担う若手のホープとして騒がれたピアニストでしたが,その後あっけなく世を去ってしまったため,現在では随分と割を食っているのではないかと思います。彼のピアノは「ウィーン三羽ガラス」といわれたグルダやギレリスらと同様,明晰で技巧闊達。少々表情の深みに乏しいところがあるものの,めざましい技巧とフレッシュな感覚が冴えわたるドビュッシーです。曲想と彼の持ち味がこの上なく幸福な和合を果たす彼の『練習曲』は,全集中でも白眉ともいうべき極上演奏。やはり完璧な技巧。冗長なペダルやルバートを排し明晰でいて,強弱と的確なシンコペーションによって添えられるニュアンスが打鍵に豊かな表情を与え,技巧を振りかざしているとの不自然さを全く感じさせません。細部にいたるまで曲想への理解と配慮が行き届いた名演だと思います。『練習曲』に関しては,この一枚があれば他の盤は要らないという気さえしてしまいます。

★★★★
"Préludes / Suite Bergamasque / Images 1, 2 / Jardins sous la Pluie / 12 Études / Pour le Piano" (Denon : COCQ-83040-42)
Anatoly Vedernikov (piano)
旧ソ連の隠れた巨匠,アナトリー・ヴェデルニコフのドビュッシー録音のCD化は,冷戦終結の副産物ともいうべきもの。驚異の技量を噂されながら,旧ソ連時代は海外での演奏活動を厳しく制限され,その演奏は長年ベールに包まれたままでした。しかし幸運にも,彼は1950年代終わりから30年以上に渡って,少しずつドビュッシーの録音を遺していたのです。1995年にこの盤が日の目を見たときの衝撃は,同年に忽ちレコード・アカデミー大賞を獲得したことからも分かります。異常なまでに闊達な技巧が冴え渡る圧倒的なドビュッシー。フランス的な演奏ではないものの,豪胆かつ男性的,それでいて決して無味乾燥になりすぎないさっぱりと控えめな感情表現は大きな魅力。この曲の持つ『練習曲』としての側面を鮮やかに想起させてくれる内容と言えましょう。

★★★★
"Études / Berceuse Héroïque / Morceau de Concours / Suite Bergamasque"(Saga : EC 3383-2)
Livía Rév (piano)
「マダム・リスト」の異名を持つハンガリーが生んだ女流豪腕ピアニスト,リヴィア・レーヴは,ドビュッシー録音を二度に渡って行っており,これはその一度目のドビュッシー・サイクル。サーガから1980年に出たドビュッシー集からの分売ものです。鬼才タイプの彼女は,抜群の技巧と猛々しく表出する生気が持ち味ですので,明晰な技巧を踏まえて抑制の利いた感情表現が求められる『練習曲』はぴったりです。果たしてこの練習曲は闊達な運指技巧が冴え渡る秀演。要所でびしっと引き締まったルバートが冴え渡り,鞭のようにしなる旋律腺が魅力的な演奏となっております。日本では全く無視されている彼女ですが,彼女のサーガ盤はどれも非常にハイレベル。これをお読みになった心ある業界の方。ぜひ国内盤で出してくだされ。こういう盤が浮かばれぬようでは,世の中お先真っ暗です。

★★★☆
"12 Études / Estampes / L'isle Joyeuse" (Regis : RRC 1091)
Martino Tirimo (piano)
ティリモは1942年ギリシャ生まれ。英王立音楽学校でピアノを修学,1971年のジェネバ,1972年のミュンヘン国際などで受賞経験があります。普段は古典からロマン派までこなす彼が,1980年代終わりに録音した作品集中の一枚がこれ。ドビュッシーは一般に,最も「印象派的な」(=本流から逸れた異端の)作風だと思われているふしが多分にあり,それは巷に溢れた関連書籍の挙げる推薦盤を見ても明らか。定番ものを除くと,仏人か古典をやらない近現代スペシャリスト以外を挙げる人はほとんどいません。古典もきっちりこなし,安直なルバートやペダルで飾らない,生真面目な彼の演奏がまるで無視されるのも,ドビュッシーに対する巷の無理解を裏付けるものだと思うのですが如何でしょう。このCDもよく見ると版権転売もので,値段は1000円。生娘を侍らす装丁もイカニモな廉価仕様。『練習曲』なんて到底こんなムーディーなジャケットとは対極にある作品なのにヒドイもんです。確かに少々残響が煩い上に,極端にテンポの遅い『版画』や異様に振幅の大きい『喜びの島』は少し作りすぎで誉められたものとはいえません。しかし傾聴して貰いたいのが『練習曲』。こちらも極端にテンポ・ルバートを利かせますが,そのルバートの説得力が段違い。それというのも古典をよくする彼の理知的な譜読みに加え,明晰な運指がルバートを取らない急奏部を絶えず引き締めて緊張感を持続するからです。巷の軟派なルバート弾きはぜひこういう盤を聴いて勉強すべきです。陰影は陰と陽があってこそ生まれる。だらだらルバート掛けるだけでは,それは単にだらしなく間延びした演奏に過ぎませんとも。
 (評点は『練習曲』のみに対するものです。)

(2001.9.22)







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