ステファヌ・マラルメの3つの詩
Trois Poèmes de Stéphane Mallarmé

  
「ラヴェルがクラランに来ている時,私は『日本の抒情詩』を弾いて聞かせた。
彼は繊細で手の込んだ楽器の響きに魅了され,精妙な技巧に興味を持った。
彼は直ちに夢中になり,同じような作品を書こうと決心した。
まもなく彼は,マラルメの詩によるすばらしい『詩』を私に弾いてくれた」。

− イーゴル・ストラヴィンスキーの回想文より −
  

@ 溜息(soupir)
A 叶わぬ望み(placet futile)
B 臀部より出でて,ひと跳びで(surgi de la croupe et du bond)


概説 :
1913年,ラヴェル38才の作。前年に『マ・メール・ロワ(1月))』,『アデライド,または花言葉(「感傷的なワルツ」の編曲:3月)』,『ダフニスとクロエ』初演(6月8日)などの自作の作曲や初演に加え,『S. I. M.音楽批評』誌への批評文の寄稿(2月,3月,4月,11月)など精力的に仕事をこなしたラヴェルは過労のため神経衰弱症となり,同年の後半から作曲を一時休止して静養に入った。このとき『春の祭典』を執筆中で多忙だったラヴェルの無二の親友ストラヴィンスキーから,ディアギレフ・バレエ団のオペラの改作(ムソルグスキー『ホヴァンシチーナ』の編曲および終幕の合唱の作曲)を共同で行う誘いを受け,彼は3月から4月に掛けてクララン(Clarens, Switzerland)のストラヴィンスキー邸へ入る。この作品はその折りに構想された(実際にクラランで書かれたのは@のみ)。「限りなく自由な視野を持ちながら緻密な推敲を行い,抽象化の神秘の靄へと潜ませている」(「現代音楽」)と,マラルメを賛美していたラヴェルは,マラルメの詩から3編を選び,1913年8月に書き上げている**

ストラヴィンスキーの『3つの日本の抒情詩』に触発されたという経緯からも伺えるとおり,現代音楽を予見させる機能を離れた曲展開,雅楽を思わせる楽器あしらいとその和声,強い東洋趣味を伺わせる大胆な主旋律など,ラヴェル後年の熟達した書法が遺憾なく発揮され,彼の作品中でも,特に東洋趣味の濃いものとなった。またドミトリー・カルフォコレッシは当時,この両者がカルフォコレッシ邸でシェーンベルク『月に憑かれたピエロ』(1911年出版)の譜面を目にし,興味を持ったことを記している。上記三作品がいずれも室内楽を伴奏とする形をとることから,これら三作品は相互に関係が深いと考えることもできる。

ラヴェルはこの曲の初演をスキャンダラスなものにしようと考え,ストラヴィンスキー『3つの日本の詩』と,シェーンベルク『月に憑かれたピエロ』を一緒に上演する計画を立てていた(カゼッラ夫人宛書簡,1913年4月2日)。しかし,後者はモリス・ドラージュ『インドの4つの詩(Quatre Poèmes Hindous)』に差し替えられている。初演はジャヌ・バトリの歌唱とアンゲルブレシュトの指揮により,1914年1月に行われ,好評を以て迎えられた。翌年3月,この曲はバトリの歌唱とトマス・ビーチャムの指揮により,英国でも初演され,好評を博している。

ピアノ版の自筆譜(11頁)および室内楽版の自筆譜(16頁)は,テキサス大学オースチン校人文科学研究センター蔵。
マラルメさんです。
ステファヌ・マラルメ
(1842-1898)




注 記

ステファヌ・マラルメ(Stéphane Mallarmé, 1842-1898: 上写真)は,ポール・ヴェルレーヌと並ぶフランス象徴派の代表的詩人。ロンドンへの留学経験もあり,もとは1864年から引退する1893年まで,トゥルノン,ブザンソン,アヴィニョン,パリで教鞭を執った英語教師が本職である。19才のときにシャルル・ボードレール『悪の華』(1857)を読んで感銘を受け,1864年に24才で『青空(L'Azur)』を発表。言語の日常性(意味や機能性)にとらわれることなく,語音のもつ音の響きを生かして特定の観念を示唆づける手法を探求し,詩の哲学性・音楽性を拡張。俗に【象徴派】と呼ばれるジャンルの探求にあけくれる。稀に見る完全主義者であり,自作は徹底して推敲する寡作家。1850年代から創作を続けていたにもかかわらず,あまりに婉曲的で難解な作風から,後年まで評価は得られなかった*。しかし,1875年から世を去るまで,ローマ街の自宅で【火曜会】と呼ばれる集まりを主催。多方面にわたって進歩的な芸術家と交流。彼らに大きな影響をもたらす過程を通じて,やがて【象徴派】の中心的な存在と目されることとなる。各単語の大きさや改行形式までもが断片化され解体された,死の前年の詩集『骰子一擲(Un Coup de des Jamais N'abolira le Hasard)』(1897)は,その総括ともいえる内容となった。1898年9月9日パリにて死去。1865年に発表した『牧神の午後』が,ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』を生むきっかけを与えたのは有名である。

* 例えばジュール・ルナールは彼の日記(Le Journal de Jules Renard)の中で,「マラルメは,フランス語ですら意訳しがたい」と述べている(1898年3月1日)。

** ちなみに,ラヴェルが『マラルメの詩』を作曲するのとほぼ同時進行で,ドビュッシーもまた『ステファヌ・マラルメの3つの詩』を作曲していた。このときドビュッシーが選んだ3つの詩は,「臀部より出でて,飛び出でて」を除きラヴェルと全く同じであり,いずれもデュラン社から出版された(ドビュッシーは「扇」を3曲目に選んだ)。またこの直前,版元のデュラン社は,1909年に世を去った創業者オーギュスト・デュラン(Marie-Auguste Durand: 1830-1909)のために,1910年から1913年に掛けて追悼コンサートを企画している。このときも,双方は2度に渡り,同じコンサートの舞台に立っている。これらが全て偶然かについては,まだはっきりした答えが見つかっていない。
ところで,ラヴェルはドビュッシーよりも僅かに早く曲を完成させたため,版権の所有者であるエドモン・ボニオから詩の使用および出版許諾を得た。間もなくドビュッシーの曲が完成したとき,既にラヴェルに「溜息」と「叶わぬ望み」の版権を譲っていたボニオは,この2曲についてはデュラン社からの出版依頼をいったん拒否している。このとき,版権を得ていたラヴェルが自らボニオに頼み込んで,ドビュッシーの『マラルメの詩』の出版を許めさせた史実は,もっと知られて良い。



雰囲気だけ・・
「骰子一擲」の1部分

ぼくデュランデュラン
M-A. デュラン

Reference

ニコルス, R. 渋谷訳. 1987. 「ラヴェル−その生涯と作品」泰流社.
Seroff, V.I. 1953. Maurice Ravel. NY: Henry Holt & Company.

Orenstein, A. 2003 (1990). A Ravel reader: correspondence, articles, interviews. New York: Dover Publications, 653p.
Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, pp. 65-68 / p. 232.


作曲・出版年 ■1913年 4月 2日,クラランのストラヴィンスキー邸で作曲(@のみ),Aは 5月にパリ,Bは 8月27日,サン=ジャン=ドゥ・リューズで完成。
■出版はいずれも1914年(デュラン社)。
■@『溜息』はイーゴル・ストラヴィンスキーに,A『叶わぬ望み』はフローラン・シュミットに,『臀部より出でて,ひと跳びで』はエリック・サティに献呈。
編成 ■室内楽版(独唱,ピッコロ,フルート,クラリネット,バス・クラリネット,ピアノ,ヴァイオリン(2),ヴィオラ,チェロ)
■ピアノ版(独唱,ピアノ伴奏)
演奏時間 約 12分
初演 ジャンヌ・バトリ(歌)デジレ=エミール・アンゲルブレシュト(指揮)室内管弦楽団(構成員不詳),1914年 1月14日 於独立音楽協会演奏会(S.M.I.)
推薦盤

★★★★★
"Shéhérazade / Trois Poèmes de Stéphane Mallarmé / Chansons Madécasses / Don Quichotte à Dulcinée / Cinq Mélodies Populaires Grecques" (CBS : MK 39023)
Pierre Boulez (dir) Jill Gomez, Jessye Norman, Heather Harper (sop, msp) José Van Dam (btn) BBC Symphony Orchestra : Members of the Ensemble Inter-Contemporain
世界的な指揮者であると同時に,自らも現代音楽の作曲家・理論家として活動してきたピエール・ブレーズ御大。当然の如く近代音楽に対しての理解も造詣も深く,積極的に録音を続けてきました。近年,円熟味を増してからの彼は,その表現も随分穏やかになりましたが,この録音当時はまだバリバリの現代音楽界の寵児。巷に溢れた『マラルメ』のほとんど全部が緩い甘さへと流れるのに比して,ブレーズの解釈はどこまでも妖しく,どこまでも冷徹で鋭敏。この曲が持つ東洋的で幽玄な思索性を余すところなく捉えた名演です。怖ろしく厳しい指揮者に叱咤され,必死の形相で一糸乱れぬ合奏を披露するアンサンブルの緊張感もさることながら,本盤を価値あるものにした最大の要因は,ジル・ゴメスの鬼気迫る怪唱。ときにヒステリックな叫声が,却って甘美な緩唱部の妖艶な美しさを立体的に浮き上がらせるのです。

★★★★
"Trois Poèmes (Ravel) Chanson Perpétuelle (Chausson) Trois Chants de Noël (Martin) Quatre Poèmes Hindous (Delage) Une Flûte Invisible (Saint-Saëns) Rapsodie Nègre (Poulenc) La Bonne Chanson (Fauré)" (Grammophon : 447 752-2)
Anne Sofie Von Otter (msp) Bengt Forsberg (p) Nils-Erik Sparf, Ulf Forsberg (vln) Matti Hirvikangas (vla) Mats Lindström (vc) Tomas Gertonsson (b) Andreas Alin, Peter Rydström (fl) Ulf Bjurenhed (ob) Lars Paulsson, Per Billman (cl) Lisa Viguier (hrp)
グラモフォンから精力的にCDを発表しているオッター女史の珍しいフランス歌曲選。大同小異な他の歌手のものの中では,多分一番お薦めできるものじゃないでしょうか。冒頭の弦のグリッサンドがやっぱり一本調子な@,反対に無用な表情を付けすぎるAなど,室内楽の伴奏が場違い感をさらけ出すのは他盤と大差なし。お薦めの理由は,一にも二にもオッター女史の声質と技量。メゾ・ソプラノであるオッターの低く影を帯びた声は,物憂い恍惚感を持ったこの曲に好く合いますし,単純に歌手としての技術力という点では,最上クラスに位置するものでしょう。問題があるとすれば,オッター女史の「歌い方」です。技術が素晴らしくても,その引き出しの中から曲に合わせ,どの歌唱法をどの旋律に当てはめるかは,最終的には個人の問題でありセンスの問題です。オッターは,どの旋律に対しても落ち着いたビブラートで表情を整えて歌う。このため,出来上がりが極めて美麗で静謐にも拘わらず,画竜点睛を欠いてしまうのです。

★★★☆
"Musique de Chambre" (EMI : 7243 5 69279 2 6)
Jean-Christophe Benoit (btn) Jean-Pierre Jacquillat (cond) Annie Challan (hrp) Fernand Caratgé, Robert Rochet (fl) André Boutard (cl) Georges Tessier, Pierre Simon, Christian Ferras, Gérard Jarry (vln) Colette Lequien (vla) Michel Tournus, Robert Bex, Guy Fallot (vc) Pierre Barbizet, Georges Pludermacher, Eric + Tania Heidsieck, Monique Fallot (p) Ensemble de Solistes de l'Orchestre de Paris : Quatuor Parrenin
EMIのラヴェル室内楽曲選には2種類あり,もう一つはプラッソン/トゥルーズ管の構成員が絡んだもの。こちらは華のパリ楽壇のメンバーが集まって制作したもので,ジャキャ,バルビゼ,プリューデルマシェ,シャランらそうそうたる顔触れが名を連ねています(フレム室内楽作品集で顔の見えたロベール・ベーの名前もある)。しかし,なぜか演奏は格落ち。プルデルマシェは踏みすぎますし,ヴァイオリンはパリ楽壇らしく紙がかった(笑)ハスキーな音色。明らかに時代と共に風化するタイプの典型というべき内容でしょう。しかし,そんな中唯一面白く聴けたのが,珍しい男声の『マラルメ』と『マダガスカル』。何しろブレーズ/アンテルコンテンポラン盤が余りに透徹しており,他を寄せ付けないこの演目で新手を期待するのは殆ど不可能。実際伴奏陣の演奏はここでも,ブレーズに比べ一本調子で深みに乏しい感が拭えません。しかし,意外にもこの男声という変則技が功を奏します。ゴメスの狂気じみた美しさとは違う,ゆったりとイスに持たれるような余韻をたたえたベノワの歌い回しの心憎さだけで聴く盤です。う〜ん,こんな変則技でもない限りブレーズと比較に堪える演奏なんて無理でしょうなあ・・

★★★
Acoustic Triangle "Interactions" (Audio-b : ABCD 5012)
@trois poemes de Stéphane Mallarmé (Ravel) Athe glide Baround in three CBill's way Devansong Eflying machine FCorinna bossa nova Gwinding wind Hsly eyes: tango Iepilogue
Malcolm Creese (b) John Horler (p) Tim Garland (ss, ts, b-cl)
おまけついでにもう一枚。地味エヴァンス派の好内容作『ロスト・キーズ』が印象に残る英国の好々爺ジョン・ホーラー氏が2001年に吹き込んだ,珍しいジャズ版『マラルメ』です。ご高齢なうえ,タイム感や運指技術においてさほど秀でているとは言えない彼は,太鼓の入った普通のリズム隊が後ろへ回ると,リズム・キープで手一杯になってしまい,演奏が小さく窮屈になってしまいます。本盤で言えばリズムのソリッドなDEGHがそうですか。実際,同盤に続いて取り組んだスポットライト盤は散々な結果でした。恐らくその反省があったのでしょう。その後発表した『ユニティ』は,フィル・リーを迎えた二重奏とし,タイムに追われることなくしっとりバラードを弾いて,なかなかの成果を挙げていました。2001年に出たこのアルバムも,やっぱりベースと木管の三重奏。自分の弱いところを良く理解しての仕事選びなのは,これで間違いないでしょう。これぞプロの鏡,さすがです。実際,無粋に時間軸を裁断してしまう太鼓を除けると,この人のピアノは別人の如く自由になります。加えてティム・ガーランドの木管が実に良く鳴っている。こんなに巧い人だと意識したことはありませんでしたねえ。本盤で一番驚いたのは,何と言ってもマラルメを演っていることでしょう。ジャズを聴くようになって随分経ちますが,こんな無謀な挑戦をしたジャズメンはちょっと記憶にないですねえ。やっぱりジャズを越境するからには,「ラヴェルから1曲」といわれてマラルメを選ぶくらいの見識・審美眼がないと駄目なんですよ(笑)。随所に,原曲を壊さぬ程度のリハモ,即興やオブリガードが施され,実に手堅い。確かに,原曲の凝った旋律をなぞるのに手一杯で,いわゆる明示的な即興は少ないですが,それを取って「ジャズじゃない」なんて野暮を仰る方は,マラルメとブルースの両方を聴きながら,一節唸ってみる(または即興演奏する)ことを奨めます。

(評点は『ステファヌ・マラルメ』のみの評価です)

(Update date unknown / Revised: 2005. 2. 20 USW)




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