ダフニスとクロエ
Ballet - Daphnis et Chloé

  


「『ダフニス』は,私たちを魅了し,どのような楽派にも組み入れることの
できない作品の一つであり,私たちにとって永遠に理解し難い法則や神秘が
支配する遙かな惑星から,隕石のように私たちの心に落ちて来るのだ」。

− ジャン・コクトー −  


第1部 Première Partie
@ 序奏と宗教的な踊り introduction et Daphnis religieuse
A 全員の踊り danse générale
B ダフニスの踊りとドルコンのグロテスクな踊り danse de Daphnis et danse grotesque de Dorcon
C ダフニスの優しく軽やかな踊り danse gracieuse et légére de Daphnis
D 夜想曲と精霊の踊り nocturne et danse des nymphes
E 間奏曲 interlude
第2部 Deuxième Partie
F 戦いの踊り danse querrière
G クロエの踊り danse de Chloé
第3部 Troisième Partie
H 夜明け lever du jour
I 無言劇 pantomime
J 全員の踊り danse générale





概説 :

1909年初頭,ラヴェルは国民音楽協会を離れて新しい音楽団体を設立することを構想*。翌年には【独立音楽協会】が設立され,フォレがその初代会長に選ばれた(1910年4月20日に,その第一回演奏会が行われている)。ちょうどその頃,前年(1909年)に旗揚げ公演を行った『バレエ・リュス(ディアギレフ・バレエ団)』の主催者セルゲイ・ディアギレフ(Sergei Diaghilev=右写真)は,1910年初頭,ロンゴスの古代小説『ダフニスとクロエにまつわる牧人風のレスボスの物語』の第4巻(「田園物語」)を底本にしたバレエの附帯音楽をラヴェルに依頼した。ラヴェルはもともと,フォーキンの書いたこのバレエの台本があまり気に入らなかったが,ゴデフスキーの仲介もあって台本を書いたフォーキンとの意見を調整したことで,1910年3月から作曲に着手する**。その後,5月にはピアノ譜がいったん完成。しかし,翌年ラヴェルは終曲に全面的な改訂を加え,1912年には管弦楽配置を行った。合唱を加えることに難色を示したディアギレフに対しても最後まで自説を曲げなかったほど入れ込んだラヴェルは,2年以上の月日を傾注してこの壮大なバレエ音楽を書き上げたことになる。

曲は3部からなり,第3部はしばしば『第2組曲』として,独立して演奏される。初演は同年6月8日に,パリのシャトレ座で行われたが,音楽的にあまりにも進歩的であったためか,初演当時の評判は決して芳しいものではなかった。批評家ガストン・カローは「曲は絶えず反復によって展開していく」と辛辣なコメントを残し,ピエール・ラロはバクストのギリシャ趣味の曖昧さ,フォーキンの演出の貧弱さ,ラヴェルの音楽におけるリズムの平坦さを批判している
***。また,終曲に現れる5/4拍子はダンサーたちをも混乱させた。しかし初演から一世紀を経た現在,『ダフニスとクロエ』が,ラヴェルの生涯に遺した作品中でも特に傑出したスコアであるとの評価を勝ち得ているのは言うまでもない。

自筆譜のうち,1910年5月1日の署名が入ったピアノ独奏譜(47頁)は,アレクサンドル・タヴェルヌ夫人私蔵。1912年4月5日の署名が入った管弦楽譜(186頁)はテキサス大学オースチン校人文科学研究センター蔵。

なお,パリ・オペラ座の天井画も制作したフランスの版画家マルク・シャガール(1887-1985)は,1958年から1960年にかけ,『ダフニスとクロエ』を題材にしたリトグラフの挿し絵画集を制作している(1961年,ヴェルヴ社刊)。彼が実はサンクト・ペテルブルクで学んだロシア系ユダヤ人であり,1908年から1910年まで,レオン・バクストの運営するスヴァンセバ美術学校の生徒であったことは,意外に知られていない。



ディアギレフは私です
ディアギレフ



シャガール『ダフニスとクロエ』
〜「精霊たちの洞窟」
(1961年)



注 記

* スコラ・カントールムの旧態然とした態勢を批判し,自らが創設を進める協会への参加を呼びかけた,ケックラン宛の書簡が残されている(1909年1月16日)。

** ニコルズ(1987)には,このバレエ音楽の着手は1910年とあるが,Orenstein(1990)はサン=マルソー夫人宛書簡(1909年6月)中の「・・あるバレエの台本を巡ってほとんど毎晩,夜更けの三時まで仕事をしたこの一週間は,まともなものではありませんでした。何が混乱を招いたかと言って,フォーキンと来たらただの一語もフランス語ができず,私は私で,ロシア語で分かることといったら宣誓の仕方くらいのものだったことです・・」との記述をもとに,1909年から作曲年をとっていることを付記しておく。

*** しかし,一方で「紛うことなき傑作」と賛美を惜しまなかった,ヴュイエルモーズのような評価もあったことは記しておく必要がある。






Reference
ニコルス, R. 渋谷訳. 1987. 「ラヴェル−その生涯と作品」泰流社 (p. 113).

Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, pp. 60-62 / pp.177-179 / pp. 231-232.




作曲・出版年 ■作曲(ピアノ独奏版):1909年9月〜1910年5月1日
■作曲(管弦楽版):〜1912年4月5日
■出版:1910年(ピアノ独奏版,デュラン社)
■出版:1912年(管弦楽版,デュラン社)
※管弦楽版から2種類の組曲版が作られている。今日では後者の演奏機会が圧倒的に多い。
1)第1組曲:「夜想曲」,「間奏曲」,「戦いの踊り」(1911年,デュラン社)
2)第2組曲:「夜明け」,「無言劇」,「全員の踊り」(1913年,デュラン社)
登場人物 ダフニス(美しい羊飼)
クロエ(美しい羊飼の娘)
ドルコン(醜い牛飼)
リュセイオン(太った年増女)
ラモン(年老いた羊飼)
グリヤクシ(海賊の首領)
3人の妖精
その他大勢
編成 フルート,ピッコロ,アルト・フルート(ト調),オーボエ2,コール・アングレ,クラリネット(変ロ調),小クラリネット2(うち1は舞台上。1は変ホ調),バス・クラリネット(変ロ調),ホルン5(ヘ調。舞台裏に1),トランペット5(ハ調。舞台裏に1),テューバ,トロンボーン3,バスーン3,ティンパニ,小太鼓,中太鼓,大太鼓,タンバリン,銅鑼,トライアングル,カスタネット,シンバル,風音器,チェレスタ,木琴,グロッケンシュピール(鉄琴),ハープ2,弦5部,混声4部合唱
粗筋 ■第一場 聖なる森のすそ野
(開幕:花籠を持った男女の入場)ある春の午後。レスボス島へ精霊の供養をするために集まった男女。ニンフの祭壇へ祈りを捧げて花を飾り,踊る。
(ダフニスとクロエ入場)美声年ダフニスの踊りに心奪われる娘たち。クロエは初めて嫉妬にも似た感情を覚える。やがて全員による優雅な踊りへ。
そこへドルコンが入場。クロエへ向けて求愛の踊り。ダフニスはこれを見て,クロエの側へ。やがて,ドルコンは思い切ってクロエを抱擁しようとし,戯れと解したクロエも応じようとする。ダフニスは怒り,ドルコンを押しのけて,クロエの側へと優しく寄る。ダフニスとドルコンは,クロエの接吻を賭け,踊りで雌雄を決することにする。
先ずドルコンが【グロテスクな踊り】を披露するが,失笑のうちに中途半端な幕切れとなり,続いて【ダフニスの踊り】。言うまでもなく一同はダフニスの勝利を認め,ダフニスとクロエは抱擁を交わす。一同退場の後,ひとりダフニスはその余韻に陶然となる。
リュセイオンが入場。後ろからダフニスに目隠しをし,クロエと錯覚するダフニスをからかって去る。ひとりダフニスは心をかき乱されたまま取り残された。
どこからともなく甲冑のふれ合う慌ただしい音。海賊が村へと迫る。クロエを案じ,ダフニスは掛け去る。入れ違いに現れたクロエ。隠れ場所を探して慌てるうち海賊に見つかったクロエは,彼らにさらわれてしまう。クロエを捜すダフニスは残された履き物で事態を悟り,彼女を守りきれなかった己の無力さを嘆き,気を失って地面へ倒れ伏す・・(場内暗転−第一組曲)
(夜想曲:一条の光が射し込み,辺りを微かに照らし出す)ニンフたちの像に光が差すと,ニンフたちは台座から次々に動きだし,神秘的に踊る。倒れ伏したままのダフニス。頬に残る涙を拭うニンフ。ニンフたちはダフニスを意識を取り戻すべく,岩場へ向かい,パンの神に助けを求める。岩から現れたパンの神にダフニスはクロエの無事と帰還を願ってひれ伏す。

■第二場 海賊グリヤクシの野営地
(夜のとばりが降りる中,遠くから勝利を祝う合唱の声。戦利品を持った海賊が周囲を忙しく行き交う。荒々しい戦勝の踊り−第一組曲終了)
捕虜を連れてくるよう命じる首領。縛られた姿のクロエが入場。首領は何か一曲踊れと命じる。哀願の踊りを始めるクロエ。隙をみて逃げだそうとするが連れ戻されてしまう。首領はクロエを手に掛けようとし,連れ去ろうとする。
俄かに周囲が騒がしくなる。突然現れた無数の牝山羊たち。慌てる海賊たちの前に,地面を割ってパンの神が現れ,海賊へとのしかかる。海賊たちは色を失って逃亡。

■第三場 聖なる森のすそ野
(第二組曲〜夜明け:空が少しずつ白みはじめる)ニンフの洞窟の前で眠るダフニス。ダフニスとクロエの行方を心配した羊飼いたちが探しにやってきて,ダフニスを揺り起こす。再びクロエを案じて探し回るダフニス。そこへ,別の羊飼いたちに守られたクロエ入場。かたく抱擁する二人。ダフニスはクロエの冠をみて,彼女が無事に戻ったのはパンの神のご加護であることを悟るのだった。
(無言劇)年老いた羊飼いのラモンが,クロエを救ったのがパンの神であること,そして,パンの神がかつて恋したニンフのシランクスのために力を貸してくれたことを二人に教える。それを聴いた二人は,パンの神とシランクスに扮し,二人の愛を讃えての【無言劇】。パンの神に扮したダフニスが,恋に破れて葦笛を吹くと,クロエ扮するシランクスは再び現れ,笛に合わせて踊り,やがてかたく抱擁するのだった。
(全員の踊り)ニンフの祭壇の前で抱擁を交わすダフニスとクロエ。やがて若者たちが入場し,一同は踊り始める。優雅に舞う二人を一同祝福して【全員の踊り】となる中,終幕となる。
演奏時間 約55分
初演 ■組曲版
ガブリエル・ピエルネ(指揮)コロンヌ管弦楽団,1911年4月2日,於コンセール・コロンヌ演奏会(「第1組曲」のみ)。
■バレエ版
ヴァスラフ・ニジンスキー(ダフニス),タマラ・カルサヴィナ(クロエ),フローマン(リュセイオン),アドリフ・ボリム(ドルコン),ミハイル・フォーキン(振付),レオン・バクスト(美術・衣装),ピエール・モントゥー(指揮),1912年6月8日,於パリ・シャトレ座。
推薦盤

★★★★★
"Daphnis et Chloé- Complete Ballet" (London-Polydor : POCL-5110)
Charles Dutoit (dir) Orchestre Symphonique de Montréal : Choeurs Symphonique de Montréal
NHK交響楽団に買われ,妙な音楽教養番組のホスト役から大河ドラマの指揮までサービスしちゃって,本業がすっかり疎かになってる最近のシャルル・デュトワには正直,ちょっと頂けな過ぎという気もしないではありませんが,1980年前半までのデュトワとモントリオール交響楽団は,いや〜,ほんとに凄かった。神掛かっていましたねえ。この『ダフニスとクロエ(全曲)』は,ラヴェルのバレエ音楽や歌劇では最も良く演奏される作品で録音も数多くあるのですが,このデュトワ盤はホント,他の盤とはまるで次元の違う出来でしたなあ。最近,N響でも良く見かけるデュトワ,「あの人何者だろ?」と思っていた貴方。かつてどんなに彼が凄いおっちゃんだったのか,ぜひこの盤でお確かめになってください。当時,栄耀栄華を誇ったデュトワとモントリオール響の,この一枚こそ畢生の最高傑作です。

★★★★☆
"Artistes Répertoires - Munch :
"Daphnis et Chloé / Pavane pour une Infante Défunte / Boléro / Rhapsodie Espagnole / La Valse / Ma Mère l'oye (Ravel) : L'apprenti Sorcier (Dukas)"
(BMG : 74321 846 042 LC 00316)

Charles Munch (cond) Boston Symphony Orchestra : New England Conservatory & Alumni Chorus
今世紀前半のフランスを代表する指揮者シャルル・ミュンシュとボストン響による,ラヴェルの管弦楽作品集。何しろ半世紀前の録音なので音質に若干問題があるのは仕方ない。しかし,それを割り引いてもこれは全く以て素晴らしいCDです。分けても『スペイン狂詩曲』,『ダフニスとクロエ』の演奏は白眉。後者にはデュトワ/モントリオール響の極上演奏がありますが,より暖かな佇まいを持つ本ミュンシュ盤も,古い録音としてはオケが良く鳴り,合唱団の歌声も統率が取れ,大変にレベルの高い演奏となっております。全体に速めのテンポにもかかわらず抑揚豊かで匂い立つような香気があり,「古き良きフランスの」という枕詞の似合う温かい演奏です。全編に駄演なく,『ダフニス』のみならず,ラヴェルの入門盤としても十二分にその役割を果たすCDと思います。

★★★★☆
Maurice Ravel "Daphnis et Chloe-ballet / Ma Mere l'oye-suite" (Testament : SBT 1264)
Desire Emile Ingelbrecht (cond) Choeurs et Orchestre National de la Radiodiffusion Francaise
先頃ドビュッシーの6枚組演奏が出て,今再びブームを呼びつつあるフランスの指揮者アンゲルブレシュトのラヴェルです。モノラル時代の指揮者は,録音時間の制約からなのか,そういう美意識だったからなのか,全体に速めのテンポでサッパリ振ってしまうようなところがあり(ステレオ時代ではミュンシュにその面影を見ることができます),実際アンゲルブレシュトの『牧神』あたりを聴くと,「古臭いな〜」との感を禁じ得ませんけれど,一転,このラヴェルは,巧みなテンポ取りや休符,強弱の振り分けによって演出されるのびやかな振幅と流動感,過度な甘さを排したオケのコントロールなど,どれを取っても超一流。とにかくオーケストラが驚くほど生気を持った演奏で,現代のスタンダードとなっているデュトワ辺りの解釈と比べてもまるで引けを取らない,見事なものであると思います。それだけに残念なのは,録音が1950年代半ばとあまりに古いため劣悪なこと。あと5年ステレオ時代が早く来ていたなら,この演奏は今以て『ダフクロ』を語る際,少なくとも古典的演奏としてはいの一番に挙がるものになったことでしょう。真空管アンプの再生装置,ないし独立型の本格的なステレオ装置をお持ちの方は,かなり良い形で聴けると思います。御一聴を。

★★★★
"Daphnis et Chloé" (Arte Nova : 74321 63641 2)
Michael Gielen (cond) SWR Symphony Orchestra : EuropaChorAkademie
ミヒャエル・ギーレンと南西ドイツ放送交響楽団のコンビによるラヴェル『ダフニスとクロエ』全曲版録音。アルテ・ノヴァはナクソスに続く廉価盤の王道レーベルですが,玄人受けする名匠ギーレンはその実,廉価盤にゃ勿体ない大物。そもそも正規盤でもあまり全曲版を聴く機会のない現状を考えれば,僅か数百円でこの隠れ名匠の手になる全曲版を聴けるこのCD,レーザーライトから出たポマーのドビュッシー三部作と肩を並べるドイツもの大バーゲン作と言って好いのではないでしょうか。果たしてこのCD,内容もかなりのもの。ギーレンの指揮は透徹した緻密な分析力が非常に印象的。ゲルマン人らしく,冒頭『序奏』のように輪郭の希薄な断章では,若干テンポ取りが不自然に変化するなど少し脚色過多なところが見受けられますが,輪郭が明瞭な続く『全員の踊り』における読み込みの深さなど,到底廉価盤とは思えない見事なもの。あからさまに机上の人ぶりを誇張する同趣の指揮者ブレーズに比して,あくまでロマンティシズムとの融和を怖れぬ,地に足の着いた表現が素晴らしいと思います。管を中心に響きの遠達性こそやや低いとはいえ,合唱団,オーケストラの統率は高水準に取れている。下手な通常価格盤など買うより余程コスト=パフォーマンスが高く,気も利いているのでは。欲を言えば,1時間近くはある全曲版にも拘わらず,トラック分けがなんと,たった1つ!せめて3部くらいには分けて欲しかった・・。ちなみに星は通常価格盤としての評価です。
(評点は『ダフニスとクロエ』のみの評価です)

(Update date unknown / Revised: 2005. 2. 20. USW)




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