マ・メール・ロワ
Ma Mére L'oye


「お嬢さん,
あなたがいずれ素晴らしい名手になり,私が勲章にまみれるか,あるいは誰からも忘れられた
頭の固い老いぼれになる頃。あなたはその天分でもって,まさしくそう演奏されるべき解釈で,
ある芸術家に,彼の作品のひとつを聴かせた,快い想い出をお持ちになっているでしょう。
あなたの子どもらしい繊細な「マ・メール・ロワ」の演奏に,千度の感謝を贈ります。」

初演後にジャンヌ・ルルへ宛てた手紙
(1910年4月21日



曲目 :
1. 前奏曲 prélude
2. 紡ぎ車の踊り danse du rouet et scène - interlude
3. 眠りの森の美女へのパヴァーヌ pavane de la belle au bois dormant*
4. 間奏曲 interlude
5. 美女と野獣の対話 les entretiens de la belle et de la bête*
6. 間奏曲 interlude
7. おやゆび小僧 petit poucet*
8. 間奏曲 interlude
9. パゴダの女王レドロネット Laideronnette, impératrice des Pagodes*
10. 間奏曲 interlude
11. 妖精の園 apothéose: le jardin féerique*


 ピアノ連弾版は全5曲(*),バレエ音楽への編曲版は全11曲。


概説 : 

1908年〜1910年,ラヴェル33才〜35才の作。ラヴェルは,大人に対してはシニカルな態度を露わにする皮肉屋だったとされる。それを象徴する出来事とされているのが,1911年5月9日に行われた独立音楽協会の定期演奏会である。このとき,曲は全て作者名を伏せて演奏され,聴衆はそれぞれが誰の作品か当てることを求められた(ラヴェルは『高雅にして感傷的なワルツ』を提供)。実際は,必ずしもラヴェル単独で行われた試みではなかったが,訳知り顔の取り巻きを皮肉る,彼の冷淡な側面を象徴する出来事として,この故事はしばしば引用される。

皮肉屋の顔の一面で,彼には,子どもとお伽噺を愛する一面もあった。『マ・メール・ロワ(英名マザー・グース)』を題材にしたこの小品集は,ラヴェルのそうした側面をあらわした作品。ラヴェル自身が,友人ゴデブスキ家の2人の子どもたちによる初演を望んでいたため,努めて簡素な書法のみを用いて書かれている
*。連弾版は1908年から1910年4月に作曲され,ミミ・ゴデブスキ,ジャン・ゴデブスキに献呈。管弦楽配置は1911年(〜1912年)になされ,前奏・間奏を追加したバレエ音楽版は1912年3月に完成。委嘱者のジャック・ルーシェに献呈された(「友情に感謝してジャック・ルーシェに捧ぐ(Jacques Rouché: en amicale reconnaissance)」)。ピアノ連弾版(ただし3曲のみ)が初演されたのが独立音楽協会の第1回演奏会(1910年4月20日)であり,彼のもつ二面性が,ほぼ同時進行の形で顔を覗かせていた事実は興味深い。

ピアノ連弾版の自筆譜はアレクサンドル・タヴェルヌ夫人私蔵(18頁)。この他,1908年9月20日付の「眠りの森の美女へのパヴァーヌ」(2頁)の自筆譜が個人蔵(所有者名は秘匿),管弦楽版(38頁:「眠りの森・・」3頁,「おやゆび小僧」5頁,「パゴダの女王・・」15頁,「対話」8頁,「妖精の園」7頁)は,テキサス大学オースチン校人文科学研究センター蔵。

初演時のプログラム(1910年4月20日)

※ラヴェルは右上方。他にカプレ『七重奏』,
ドビュッシー『スケッチ帖』が並ぶ。





注 記

* しかし,幼かったゴデブスキ姉妹にはそれでも難しすぎ,結局ジャンヌ・ルル(Jeanne Leleu)とジュヌヴィエーヴ・デュロニー(Geneviève Durony)が初演を担当している。ちなみにジャンヌ・ルルは後にパリ音楽院の教授へ就任するが,この当時はまだ少女であった。



Reference
ニコルス, R. 渋谷訳. 1987. 「ラヴェル−その生涯と作品」泰流社 (p. 82).

Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, pp. 62-65 / p. 229 / Plate 10.


作曲・出版年 ■連弾版: 全5曲。1908年9月および1910年4月,出版デュラン社(1910年)。
■管弦楽版: 全11曲。1911年,出版デュラン社(1912年)。※管弦楽配置は1911年から1912年初頭。
■バレエ版: 全5幕。「紡ぎ車の踊りと情景」,「眠りの森の美女へのパヴァーヌ」,「美女と野獣の入場」,「おやゆび小僧」,「パゴダの女王レドロネット」,および大団円「妖精の園」。出版デュラン社(1912年)
編成 ■ピアノ連弾
■管弦楽版: フルート2,アルト・フルート(ト調),ピッコロ・フルート,オーボエ2,イングリッシュ・ホルン,バスーン3,クラリネット(第2は変ロ)2,小クラリネット(変ホ),バスクラリネット(変ロ),ホルン(ヘ調),トランペット4,トロンボーン3,テューバ,チェレスタ,シロフォン,タンブル,ティンパニ,大太鼓,中太鼓,小太鼓,銅鑼,風音装置,タンバリン,トライアングル,カスタネット,クロタル,シンバル,ハープ2,弦5部,混声4部合唱(楽器による置き換え可),(この他舞台上でピッコロ,小クラリネット各1,舞台裏でホルン,トランペット各1)
演奏時間 約28分(管弦楽配置版)
初演 ■管弦楽版:初演者は不明。
■連弾版:ジャンヌ・ルル,ジュヌヴィエーヴ・デュロニー,ガヴォー・ホール(1910年4月20日,於独立音楽協会定期演奏会)。
■バレエ:ガブリエル・グロウル(指揮)ジャック・ユガール(振付)アリアヌ・ユゴン(フロリーヌ)アンリエット・キノール(美女)ジャミール・アニク(妖精)ジュヌヴィエーヴ・ドロネ(王子)カリヤティ(青大将)クプラン(レドロネット)ピエル・サンドリニ(野獣)他(1912年1月28日,於パリ芸術劇場。
推薦盤

★★★★★
"Ma Mère l'Oye / La Valse / Pavane pour une Infante Défunte / Rhapsodie Espagnole / Boléro" (Philips : 442 542-2)
Pierre Monteux (cond) London Symphony Orchestra
20世紀前半を代表する巨匠の一人と目されるピエール・モントゥーは,最晩年になってロンドン交響楽団の指揮者として迎えられ,最後の至芸を発揮します。この録音はその中の一枚。モントゥーはフランス人ですが,その割に彼の指揮はフランス人特有の飾り気や洒落っ気がなく,むしろ温厚でふくよかな曲解釈が持ち味です。そうした彼の,どこか忘我の境地に至ったような指揮に,『マ・メール・ロワ』はまさにはまり役。何しろ半世紀前の録音ですから,オケの演奏だけを取って比べれば,デュトワやブレーズら現代の指揮者の録音に比べ見劣りもするでしょう。しかし,この曲が持つ無垢な煌めき,童心そのままの暖かな佇まいを,モントゥーほど的確に表現した演奏はあるものではありません。分けても『美女と野獣との対話』から後の出来はただただ脱帽。これを極上と言わずして,何と表現できましょうか。

★★★★★
"Intégrale de l'oeuvre pour Piano Vol. 1 :
Miroirs / Pavane pour une Infante Défunte / Menuet sur le Nom de Haydn / Ma Mère l'Oye*"
(Adès : 203912)

Jacques Fevrier (p) Gabriel Tacchino (p)*
実父がラヴェルとパリ音楽院時代の同窓生であり,ラヴェルと親交の深かったピアニスト,フェヴリエが最晩年に遺した演奏。『マ・メール・ロワ』には管弦楽ものとピアノ連弾ものの2つがありますが,ピアノの連弾で聴くなら,このCDは他の追随を許さない秀逸な作品です。フェヴリエのピアノは最晩年ということもあり技巧的には決して誉められたものではなく,この盤でもテクニックを要求される『鏡』では,やや無理を露呈します。しかし,技巧よりも音楽的な深みが要求される『マ・メール・ロワ』はまさしく独壇場。他の追随を許さぬ孤高の名演奏です。ピアノ連弾版をお探しの方。この一枚があれば,もう何も望むことはありません。

★★★★☆
"Dolly Suite (Fauré) : Six Épigraphes Antiques (Debussy) : Ma Mere l'oye (Ravel)" (Erato : WPCC-3327)
Gereviève Joy, Jacqueline Robin-Bonneau (piano)
これは全く期待していなかったのですが,聴いてみて吃驚。驚くほどの秀逸盤でした。連弾チームと言えば,フランスにはベロフとコラールのデュオやカサドシュ夫妻のデュオなどがいましたが,こちらは現代音楽を得意とするデュオです。第1ピアノのジュヌヴィエーヴ・ジョワはデュティーユ夫人でもあり,現代音楽には造詣の深い人。同じエラートにクラスター和音炸裂の現代音楽作品集を残しており,現代ものの演奏では大変高名で,多くの現代音楽の作曲家から献呈も受けているコンビです。訥々と枯淡の境地の語り口を持つフェヴリエとタッチーノの連弾版に比べると,この『マ・メール・ロワ』はずっとタッチが均等かつ軽やかで丸みがあり,無垢な佇まいを持った演奏。テクスチュアに富んだフェヴリエ盤を男の子とすれば,ちょうどこちらは女の子といった演奏で,金閣銀閣的な関係にあると言えるかも知れません。曲によってはフェヴリエ盤を凌ぐ演奏もあり,甲乙付けがたい抜群の内容を有していると思います。

★★★★☆
"Ma Mère l'oye / Une Barque sur l'Océan / Alborada del Gracioso / Rapsodie Espagnole / Boléro" (Deutche Grammophon : 439-859-2)
Pierre Boulez (cond) Berliner Philharmoniker
自らも現代音楽の作曲家であり,理論家であるブレーズは,近現代ものには滅法強い指揮者です。フランス近代の作品も多く録音しており,このラヴェルはベルリンフィルハーモニー管弦楽団と組んだ演奏。初期の彼の指揮盤は異様に研ぎ澄まされた,ピリピリとした神経質なものが多いのですが,最近の録音はずいぶん丸くなりました。一昔前の彼の演奏からは,『マ・メール・ロワ』が合うなんて想像もできないでしょう。晩年の彼が到達した赦しの境地が生み出したこの録音は,細部へのこだわりはそのままに,かつての演奏にはなかった包容力が備わって,近年稀に見る充実した録音となっています。
 (評点は『マ・メール・ロワ』のみに対するものです。)

(2001. 6. 30 / Revised: 2005. 2. 22 USW)





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