ソナチヌ
Sonatine


「『ソナチネ』は一個の宝石である。
貴重な石を扱う場合は手が震えないようにするのは言うに及ばず,
内に燃える炎を明らかにするには,それを形成している構造を重視する必要がある」。


ロジャー・ニコルス

曲目 :
@ モデレ modéré, doux et expressif
A メヌエット mouvement de menuet
B アニメ animé

 (全3曲)


概説 :
1903年〜1905年,ラヴェル30才の作。『蛾』の直前に書かれた作品ながら,こちらは後の『クープランの墓』に通じる典雅な擬古典形式に則って作曲された。

この年,最後のローマ大賞への応募が予備審査で失格となり,ラヴェルはピアノ科で一等を獲りながら,作曲に関しては事実上,キャリアへの道を断たれた(審査をすることなく選考除外を決めた選考委員会を批判し,ジャン・マルノールが記した小論「ローマ大賞の醜聞」が1905年6月の《メルキュール・ド・フランス》誌に掲載されている)。この作品が書かれた1905年はまた,ラヴェルが作曲家協会に加入し,プロの作曲家として出発した年にあたり,奇しくもこの年デュラン社は,ドビュッシーと同額の年俸12,000フランでラヴェルと出版契約を結ぶ。ラヴェルが名実ともに一流の作曲家の仲間入りを果たすことになった年でもあった。

当時,パリの文芸誌《週間批評(The Weekly Review)》の編集長であり,自身も大変な音楽愛好家だったアルテュール・ブレ(Arthur Bles)は,最も優れたソナチヌの第一楽章の作曲者に懸賞を出すことを企画し,誌上で国際的な作曲コンペを公示した。この当時(1903年から),同誌の顧問を担当していたのがカルフォゴレッジ(Michel-Dimitri Calvocoressi)*であった。ラヴェルはアパッシュの仲間だったカルフォゴレッシづてにこの懸賞の話を耳にする。ソナチヌは同賞に応募するために作曲された**

この作品は,初めてデュラン社のカタログに載ったラヴェルのピアノ曲となり,その後生涯に渡って続くデュラン社との繋がりの出発点ともいえる作品となった。初演は1906年に,まずリヨンで行われて好評を博し,続いてパリでも初演されたが,直後に書かれた『蛾』の初演のほうが僅かに早かったためか,パリでは一定の評判を得たものの,異論も少なからず噴出したという
***。曲は1904年7月に初めて出会い,その後生涯の友となるイダ(Ida),シーパ(Xavier Cyprien)・ゴデブスキに献呈。自筆譜は第一楽章の3頁分が個人蔵で残るのみであり,第2,第3楽章は未発見。


第一楽章第一頁の自筆稿(鉛筆書き)



誰ですか和田アキ子っぽいとか言ってるのは?
イダ・ゴデブスキと
(1930年頃,Orenstein蔵)

注 記

* ミシェル=ディミトリ・カルフォゴレッジ(Michel-Dimitri Calvocoressi)は1877年10月2日マルセイユ生まれ,1944年2月1日にロンドンで没した批評家,音楽学者。ギリシャ系の血を引いている。ジャンゾン・ド・セリー及びパリのリセで学び,法学を専攻したが,間もなく音楽の道を志し,パリ音楽院へ進んでザヴィエル・ルルーに和声法を師事。在学中の1898年にラヴェルと邂逅し,生涯の友となった。1902年に批評家として独立し,国際的に活躍。語学力を生かして,ロシアやハンガリーの歌曲や歌劇を英仏語に翻訳。のち1907年から1910年にディアギレフの顧問も委嘱されるなど,第一人者として信頼を集めた。音楽学者としても1908年に執筆した評伝『ムソルグスキー』で評価を確立。1905年から1914年に掛けて高等社会科大学(Ecole des Hautes Etudes Sociales)で講師として現代音楽の教鞭を執ったが,自身の夢であったギリシャ音楽再興は叶わず,1914年にロンドンへ移住。政府の暗号解読士として関係機関に籍を置き,のちにはイギリス人と結婚し,ヴォーン=ウィリアムスやアーノルド・ベネットとも邂逅したが,音楽の世界でかつてのような活躍をすることはなかった。ラヴェル『5つのギリシャ民謡』は,彼との交流の所産であることが既に明らかである(ユベール・ペルノーのカルフォゴレッジ宛書簡:1905年12月28日付を参照のこと)。

** このコンペは,75小節以内で書かれた第一楽章を応募するというもので,優勝賞金は100フランであった。ラヴェルは実際に応募し,期日にも間に合っていた。しかし,この当時週間批評誌の運営は破綻寸前であり,コンペへの応募はラヴェル以外に一件もなかった。このため,ブレはやむなくコンペを取り下げ,ラヴェルに自筆譜を返却した。ちなみにラヴェルの書いたソナチヌは,実際には77小節あり,規定を二小節オーバーしている。

*** その擬古典的な形式感を誉めながらも,情感の乏しさを指摘したメルキュール・ミュジカル誌(Le Mercure Musical: 1906年4月15日)などに,異論の例を見ることができる。このほかに,技巧的な難易度の高さを指摘する声も少なからずあったという。



Reference:
ニコルズ, R.著・渋谷和邦訳. 1987. 「ラヴェル−生涯と作品」泰流社, 278頁 {Nichols, R. 1977. Ravel. UK: Dent & Sons.}
Larner, G. 1996. Maurice Ravel. London: Phaidon.
Orenstein, A. 1991. Ravel: man and musician. New York: Dover Publications.

Orenstein, A. 2003. A Ravel reader: correspondence, articles, interviews. New York: Dover Publications.
Roland-Manuel, A., Jolly, C. (trans.) 1947. Ravel. London: A&E Walter.
Seroff, V.I. 1953. Maurice Ravel. New York: Henry Holt & Company.




作曲・出版年 作曲年 : 1903-1905年。出版は1905年,デュラン社。
編成 ピアノ独奏
演奏時間 @(4分),A(3分),B(4分)
初演 1906年3月10日,ポール・ドゥ・ルスタン夫人(Mme Paule de Lestang:ピアノ),於リヨン。パリ初演は1906年3月31日,ガブリエル・グロブレス(ピアノ),国民音楽協会演奏会,於サル・ド・ラ・スコラ・カントールム。
推薦盤

★★★★★
"L'oeuvre pour Piano :
Pavane pour une Infante Défunte / Sonatine / Le Tombeau de Couperin / Gaspard de la Nuit / Jeux d'eau / Menuet Antique" (EMI: TOCE-7082)

Samson François (piano)
戦後フランスが生んだ天才ピアニスト,フランソワは,酒も煙草もパカパカ嗜み,録音はほとんど一発録り。気分が乗らないと酷い演奏を平気でする,典型的な天才肌でした。崩すのが好きと聞いて,きっと皆さん,大甘のロマン派演奏に長けてそうなイメージを持たれるのでは。実は彼の巧さが最も発揮されるのは,律動がかっちり定まった擬古典作品のほう。ドビュッシー『2つのアラベスク』はその好個の例で,彼の真骨頂が発揮されたのは2番でした。他のピアニストが悉くかっちり拍を刻んで自滅する中,一人ふわふわ軸線に《1/f ゆらぎ》効果を導入。得も言われぬしなやかなリズムを生み出していく。同盤をひとたび聞けば,この人の即興性の源泉が,その抜群にしなやかな拍動操縦力にあることをご理解いただけるでしょう。そんなフランソワに,擬古典的な『ソナチヌ』。合わないわけがありません。他に類を見ないほど大きな振幅を持ち,自在に拍動を遊ばせるフランソワ芸術の,これぞまさしく真骨頂。窮屈に押し込められていたリズムが,彼の手に掛かったとたん,のびのびと運動を始め,生き生き踊り出します。まさしくワン・アンド・オンリー。これを超える演奏なんてもう不可能ではないかとさえ思ってしまいます。

★★★★★
"Menuet Antique / Pavane / Jeux d'eau / Sonatine / Miroir / Gaspard de la Nuit / Menet sur le Nom de Haydn / Prélude / Valses / Le Tombeau de Couperin / Le Deux Concertos" (Accord : 4767906)
Jean Doyen (p) Jean Fournet (cond) Orchestre des Concerts Lamoureux
残念なことに教育者としての活動にご熱心だったドワイヨンは録音も多くなく,仏近代ファンの耳で愉しめそうなまとまった録音は,フォレとラヴェルくらいしか記憶にありません。そんな彼が,ラヴェルにだけは殊の外御執心で,まとまった録音を遺してくださったのは僥倖でした。本盤は2005年に日本ユニバーサルが企画したコンピ盤で,1960年にスコラ・カントールムで行った独奏曲録音と,1954年にフルネ指揮ラムルーを迎えて演奏した2つの協奏曲を併録。前者は確かエラート原盤,後者はフィリップス原盤で,以前CD化もされていたものですが,ドワイヨンのラヴェルとして全集化すべく,わざわざこの廉価盤のために持ってくる作りは良心的じゃないでしょうか。彼のラヴェルは,安易なペダルやテンポ崩しに寄り掛からない硬派な演奏姿勢と,恐らくは使用しているピアノのせいもあるであろう,ゴツゴツとした風合いが印象的。古き良き時代を強く感じさせるラヴェルです。フワフワ浮遊する洒落た雰囲気の希薄な,がちっと固まった演奏は,同じ時代に活躍したフェヴリエやペルルミュテルにも通じます。なにぶん半世紀前。粒の不均質さはやや目立ちますし,武骨なパヴァーヌや挑み掛かるようなガスパールも,現代の演奏に慣れた向きには違和感があるかも知れません。しかし彼のラヴェルには,現代のナヨっちい演奏家にはない,決定的なものが存在する。それは,ひとつひとつの音型に込められる明確な意志。演奏が硬いか柔らかいかは嗜好の問題で片づきますけれど,解釈に一貫性や透徹性があるかどうかは極めてフェータル。特に擬古典的な『ソナチヌ』は,弱音に至るまで疎かにせぬ彼の美点が最大限に生きた,まさしく理想の演奏。感嘆するしかありません。合うのかなと心配だった『鏡』も,かっちりと曲の相貌を捉えた譜読みの確かさと,ペダルに逃げない男気に快哉。お値段を考えれば充分過ぎるほど元が取れる。特にラヴェルを弾こうと志すピアノ弾きの方は,こういう演奏から多くを学ぶべきでしょう。

★★★★☆
"L'Oeuvre de Piano (with Six Epigraphes Antiques)" (Calliope : CAL 3824.5)
Jacques Rouvier (piano)
このCDの音源は1973年のもので,今ではすっかり仏近代ものの名手として有名になったルヴィエの名を一躍知らしめた名録音。パラスキベスコのドビュッシーに続きカリオペさん,復活してくれました(全集となってますけど・・当然『グロテスク』が入ってない,当時の全集です)。録音のせいもあるでしょうが,ピアノの音が実に柔らかい。『マ・メール・ロワ』で連弾しているパラスキベスコがベーゼンドルファー好きなので,あるいはそのせいかも知れません。非常に良く力の抜けた軽いタッチで,しかし細かいパッセージの粒立ちもクリアー。全体にテンポはやや遅めに取り,連弾しているパラスキベスコ似の清明な情感表現と,細部を疎かにしない落ち着きのある演奏が素晴らしいと思います。奇を衒った個性的な解釈は少なく,後年のドビュッシーに聴ける明晰でシャープなところも意外なほどに希薄。『パヴァーヌ』はそれが災いして素っ気なさ過ぎるきらいがありますし,極めてデリケートな『水の戯れ』も,人によっては大人しすぎると感じるかも知れません。また,曲によってはピアノの特性でしょうか。低域の音のくすみが気になる(ペダルを踏みっぱなしの時)のも事実ですけれど,慎重に吟味された曲解釈には破綻がなく,安定感は高い。擬古典的な『クープランの墓』や『ソナチヌ』,『・・風に』は,ころころと快く転がるソフトで実直な運指が実に良く馴染み,趣味の良い演奏を作っているんじゃないでしょうか。特に趣味人二人の豪華共演する『・・ロワ』の無垢な響きには参りました(テンポ取りや情感表現に疑問符はつきますけれど)。もう少し遊びや覇気があっても良かった気はしますが,これはこれで,かつてのペルルミュテルやギーゼキングに通じる,古き良きスタイルを程良く踏襲した演奏なのでは。

★★★★☆
"Valses Nobles et Sentimentales / Jeux d'eau / Menuet sur le Nom de Haydn / Sonatine / Pavane pour une Infante Défunte / Miroirs" (EMI : TOCE-19033)
Cécile Ousset (piano)
ソリストは1936年タルブ生まれの仏人。パリ音楽院でマルセル・シャンピの弟子となり,1950年にピアノ科一等。1953年のロン=ティボー国際6位を皮切りに,1954年のジュネーブ国際2位,1956年のエリザベート妃国際4位,1959年のブゾーニ国際2位(1位なし),1962年のクライバーン国際4位とコンクールを荒らし回りました。メジャーな初録音は1967年のドビュッシーでしたが,実はその前に人知れず,ラドミローのソナタをデルブロワの組曲と一緒に吹き込んだのが,本当の初録音。こんな経歴詐称なら騙されてみたいほど素敵です。本盤は,1988年に吹き込まれたラヴェルのピアノ曲集。『鏡』と『水の戯れ』は,上記ドビュッシーに続いて1971年に吹き込んだ最初のピアノ曲集でも演奏しており,2度目の録音となったものです。17年の時を経たこのラヴェル,良くも悪くも歳月人を待たずの典型。冒頭『高雅なワルツ』から,ごく僅かずつではあるものの,運指とペダリングの精度が狂い始めている様を露呈。決して無意味なルバートになど頼らなかった彼女が,良くも悪くも世慣れた風情で作為の籠もったルバートを掛ける第二曲,人を喰ったアクセントの読み替えと,中ほどに現れるミスタッチの第三曲・・続くにつれ,憶測は徐々に確信へと変貌して行きます。1971年の超人は,紛れもなくこの歳月で,普通の超一流ピアニストの域に落ち着いてしまった。もちろん,それでも十二分に素晴らしい演奏。『ソナチヌ』は,無理のない揺らしと強弱,適度に粒の経った運指とペダルが巧みに均衡。フランソワの次席を争う一群に入って然るべきレベルの美演ですし,詰まらぬ演奏が多い『パヴァーヌ』は,偶数拍のリズムの滞空時間を巧みに制御。近年の録音では,かなり配慮の行き届いた好演。充分に最上級の賛辞をもらって然るべきです。けれど,ウーセの真価はこんなものではなかった。細部の描出が格段に雑なものとなってしまった「蛾」を聴くに,哀しいもどかしさを感じてしまいます。

★★★★☆
Vlado Perlemuter Plays Ravel :
"Gaspard de la Nuit / Jeux d'eau / Menuet / Miroirs / Menuet Antique / Piano Concerto for Left Hand / Piano Concerto / Le Tombeau de Couperin / Pavane pour une Infante Défunte / Sonatine / Prélude / Valses Nobles et Sentimentales" (Vox : CDX 2 5507)

Vlado Perlemuter (p) Jascha Horenstein (cond) Concerts Colonne Orchestra
リトアニア出身のペルルミュテルは,3才でパリに移り,パリ音楽院でコルトーに師事し,のちに同院の教授にも就任したピアニスト。ラヴェルとも深い親交があった人物です。ラヴェル作品集も2度に渡って録音しています。一般に知られており,批評家筋でも2枚目以降の穴盤として紹介されるのは,彼が最晩年に吹き込んだニンバス盤のほうですが,同盤は技巧の衰え著しく,誉められた出来とはいえません。あれを聴いて,ペルルミュテルなんて大したことねぇな,と思ったファンが,存外多いのではと小生は危惧します(ここでも,印象派を片手間にしか聴かない批評家の責任は大と申し上げねばなりません)。ペルルミュテルの真価を知るには,ぜひ1955年録音の,最初のラヴェル録音を入手してください。巨躯に似合わぬ,丸みを帯びた軽やかなアルペジオが織りなす彼のラヴェルは軽妙無垢かつデリケート。モノラル録音のハンデを超えて,古き好きフランスの香りを醸し出したものです。彼の『ソナチヌ』は,揺らしのセンスに非フランスの硬さが感じられはするものの,怖ろしく粒の立った,軽やかで柔らかい打鍵がこれを見事に相殺。『クープランの墓』ともども,彼の持ち味が最も良く生きた名演中の名演と言えましょう。

★★★★
"The Complete Piano Music" (Hyperion : CDA67341/2)
Angela Hewitt (piano)
ソリストはオタワ音楽院でジャン=ポール・セヴィラに師事し,1985年のトロント・バッハ国際で優勝して一躍脚光を浴びた新鋭。バロック出身らしく作品の音符構造を忠実に踏まえた,極めて見通しの良い平明な曲解釈は,一歩間違うと皮相的な演奏に陥る危険と隣り合わせですが,彼女の最大の美点は,徹底した譜面の読み込みにより,北米大陸出身者である自らの生得的な平明さを巧みにカバーしている点に尽きるでしょう。これは同じく透徹した作品の読み込みによって支えられたフセイン・セルメのラヴェルや,実直な曲解釈と人柄の滲むデリカシーに満ちた打鍵で印象を残すマルティノ・ティリモに通じる,極めてプロ意識の強い演奏だと思います。磨かれた技量を持つプロの演奏家が丹精込めた,緻密な鍛造の行き届いているラヴェルであり,その点で「負けない横綱」タイプの極めて現代的なラヴェルです。加えてこの盤録音が良い。セルメのラヴェルは,ホールの残響があまりに大きく,ピアノの響音をべた塗りにしてしまった点がありましたので,ライヴながら音に締まりがあり,適度に高域の抜けたクリアーな録音に快哉を叫びました。ただし,フランソワの即興性や熱気,スポンティニアスなスリルは乏しく,画竜点睛を欠く感が否めないのも確か。なにぶん若いので,演奏から滲み出るような味わいも期待できません。この『ソナチヌ』も,ケフェレックをさらに淡泊かつ端正にしたような,清廉かつ中庸を得た演奏。ピアノ弾きのイマジネーションにハッとする攻めの演奏というよりは,きっちりやるべきことをこなし,原曲を大事にした守りの演奏であろうと思います。惜しむらくは録音のせいか,細部の弱音描出が甘く,音が潰れてることですか。

★★★★
"L'oeuvre pour Piano" (Mandala : MAN 4807/08)
Dominique Merlet (piano)
独奏者はボルドーの生まれ。ロジェ=デュカス,ナディア・ブーランジェに就き,パリ音楽院のピアノ独奏および伴奏,室内楽で一等。その後,1957年のジェネバ国際コンクールで優勝して知られるようになりました。このレーベルには,師匠ロジェ=デュカスのピアノ作品集も録音していますが,彼の本業はむしろパリ音楽院教授としてのもの。実力の割に録音を目にしないのは,ひとえに後進の育成へ情熱を注いだ彼の人生哲学のあらわれでしょう。こちらはまとまった録音の少ない彼としては珍しいラヴェルのピアノ作品集。2枚組の大部で,連弾のマ・メール・ロワ以外をまとめて聴けます。演奏は,一言で言えばいかにも教育者だなあ,という印象。ペダリングや運指などは誤魔化しなく,しっかり弾かれていて実に明晰。技術的には文句なく一流の域にあるでしょう。反面,難解な文献でも読み下しているかのようにその表情は硬く,細やかに移ろう情緒やデリケートな心模様は,演奏を完成する際のバイアスとして排されている。「べき論」で固めた教条的な筆致により全編を貫かれたものです。彼の弾く『ソナチヌ』は,そんな彼の特色が良く出た演奏。擬古典的でかっちりと形の整った素材の上で,くっきり明晰な打鍵が,硬直した表情ながら襟の整った端正な曲の相貌を削り出す。明瞭なアルペジオの輪郭と,教師らしい音符構造へのこだわりが生きた「アニメ」は快演といえましょう。

★★★★
"Le Tombeau de Couperin / Pavane pour une Infante Défunte / Menuet Antique / Jeux d'eau / Miroirs" (Virgin : VC 7 59233 2 F PM518)
Anne Queffélec (p)
デュティユーやドビュッシーにも優れた録音がある名女流アンヌ・ケフェレックが残したラヴェルのピアノ作品集は,2枚に分売されて世に出ました。1990年代に出た新しいものの中では,これは出色のラヴェルといえましょう。彼女は日本ではかなり過小評価されているようですが,勿体ない。もてはやされているロジェのなんかを揃えるくらいなら,この人の演奏でピアノ作品集を揃える方が,余程理にかなっていると小生は思います。フランス人女流というイメージの陰で,実はピアノのお師匠様が,ブレンデルにデームスと,意外にもゲルマン仕込みな彼女。最初に評価を確立したのも,ミュンヘン国際での優勝でした。彼女の演奏が一聴,ロマンティックかつ流麗に弾き崩しているようでいて,軟弱にしなだれてしまわないのは,派手な自己流の解釈を避け,過去の名演奏に良く学んで推敲した跡の良く出た,秀才型の演奏態度によるところが大きいでしょう。何しろラヴェルには御大フランソワの神がかった名演がありますので,それを聴いた耳では彼女の演奏,どうしてもテンペラメンタルな閃きに欠けて聞こえてしまい,「作ってるなあ」と感じられなくもないのは確か。けれど,それは逆に言えば,この人のプロとしての良心でもあると小生は思います。下手に我流の独善的な解釈でお茶を濁した演奏よりは,しっかり推敲され,破綻の少ない彼女のラヴェルの方がよほど好ましい。その後,廉価盤化もされてお安くなってるようですし,充分お買い得なのではないでしょうか。
 (評点は『ソナチヌ』のみに対するものです。)

(2006. 4. 7 First Uploaded)





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